夢日記。夢の国
ぼくは遊園地の列に並んでいた。一人だった。他に並んでいる人は前後に大勢いて、大人も子どもも男性も女性も多かった。そのアトラクションは室内型のようで、列も室内にあった。内装にはスチール感があり、全体的に秘密基地のような雰囲気がしていた。
そろそろ自分の順番が近付いてくる段になると、その辺りに小さめの看板が一つ立っていることに気が付いた。土台と細い支柱一本で立ち、頂点に四角いボードが付いているタイプの看板だ。
それは列を形作る綱のような手すりの外に立っていて、諸注意を説明するかのような形でこちらを向いていた。しかしそこに書かれている物は諸注意の類ではなかった。
「アトラクションの演出上、お名前のイニシャル順に入場していただくとよりお楽しみいただけます!」
顔にAとかKとかSとか書かれた某人間たちがイニシャル順に並び直す絵と共に、そんなようなことが書いてあった。
ぼくは他の客がその看板に従うのかを気にした。自主的な並び直し(それもイニシャル順)なんて上手く出来るのかなぁと考えると、きっと現代人はこれを無視するだろうと予想した。
しかし実際は、列をかき分けて前の方へとやって来た子どもたちが、イニシャル順に並び直し始めたのだった。するとそれを微笑ましげに見守りながら大人たちも並び直しを行い、一瞬のうちにそれは成し遂げられてしまったようだった。
即席で集められた他人同士がこんなに上手くやれる物なのだなと、感心を通り越して呆気に取られている間にぼくの順番がやってきた。派手な添乗員のような衣装を着たお姉さんに通されてアトラクションの中へ行く。
イニシャル順が必要な演出とはいったい何なんだろう? そうワクワクとした想像をしながらぼくは嫌に静まり返った道を進んだ。なんとなくタワーオブテラーの鏡の演出が頭に浮かんだのだけれど、なぜイニシャル順と関連しそうもなく内装の雰囲気とも一致しないそれが思い浮かんだのかは謎だ。
通路を歩いていけば乗り物の乗り込み口だとか、スクリーンの前に敷き詰められた座席だとか、そういった物が現れるのだとばかり思っていた。しかし実際は、二つの大きな扉が現れただけだった。
右と左、二つの扉。見た目上どちらにも違いがあるようには思えず、どちらも「押し」の両開きで、他の場所と同じく無骨なスチール感を演出している。またその扉からは、中の様子を確認することが出来なかった。
ぼくはなんとなく、左の扉を開いた。扉は軽い物だった。
扉を抜けた先には、裸の女性が大勢いた。床はそこから突然ペタペタとした素材になっていて、壁に沿うような形でそこかしこに密集し積み重なるロッカーが設置されており、なんだか湿気の多い部屋だった。ぼくは咄嗟に、大きなプールの更衣室を連想した。
そしてその時になって思い出した。ここはアトラクションではない。遊園地の中にある大浴場だったのだと。ぼくはその更衣室のうちの一つに来ており、まわりには裸の女性が大勢いる……。
……しかしまぁ、男女それぞれの更衣室へ続く扉がさっきの二つの扉だったとして、見分けがつかないなんてことがあり得るだろうか? あちこちを裸の女性が行き交う中、入口付近で立ち尽くしたままぼくは考えた。
更衣室の男女表示を見逃すだとか、見逃しかねない分かりにくい表示しかされていなかっただとか、そんなことがそう簡単にあり得るとは思えない。そしてその「自分があり得ないミスをした」という説に無理があることは、目の前の光景も証明してくれていた。
誰も、ぼくがそこへ入ってきたことに対して悲鳴を上げないのだ。訝しげな視線を送ることすらない。服を着ているとはいえ、まさか見た目で男と気付かないはずはないだろう。そしてよく見ると、その部屋には中学生くらいの男子(裸)も数人いた。
更衣室が男女で分けられている、という考え方からして間違っていそうだ。ならばいったいどういう区別がされているのか……それは分からないが、とにかくぼくがこの場にいることは、どうやら「間違い」にはならないようだ、ということだけが確かだった。
けれどもさらに観察を続けてみると、この部屋には成人以上の男性が一人もいないことが分かった。小さな子どもや明らかに未成年であろう人たちの中になら裸の男だっているが、逆に言えば男はそれくらいの種類しかいないのである。女性に関しては遊園地が好きそうな若い年代が目立つことはあっても、各年代の人たちがそれなりの数闊歩しているのにも関わらずだ。
ぼくは、これはまずいかもしれないと思い始めた。まさか見た目で性別を勘違いされることはないだろうと断言出来るが、年齢なら勘違いされていてもおかしくはない。しかしそうだったら、ぼくが服を脱いだところで、皆は本当のことに気付かないままになるだろう。ぼくが黙っている限り誰も気付くはずがない。誰も、ぼくのことを子どもだと勘違いし続けるしかないのだ。
そしてぼくは服を脱いだ。ずっとその部屋にいると、周囲の人間がことごとく裸でいる中、自分だけ服を着ていることがどうにも恥ずかしいことのように思えてしまったのである。
結果、誰もぼくの存在には目もくれなかった。かといって透明人間になっているわけでもないことは雰囲気で分かる。ぼくが何もおかしなことをしていないから、誰もぼくの存在を意識していないだけだった。
一体何なんだろうここは……? 困惑しながら更衣室を抜けて先へ進むと、隣の部屋と合流して浴場へ向かうための、尋常ではなく大きな廊下に出てきた。そこを成人以上の男性を含むあらゆる人間が裸で歩いていた。
ぼくは隣の部屋を覗いてみる。それは後から思えば迂闊な行動だった。もしも二つの更衣室が何らかの基準で区別されている物なら、片方に馴染んだぼくがもう片方に入ることはとんでもない行為になるということを、その時はまったく考えていなかったのである。
しかし幸いにも、結果としてぼくは「右側の更衣室」でも目立つことはなかった。ぼくがそこにいることが至極当然だというように、他人同士健全な距離感としての無視がそこにもあった。
しかし右側の部屋には、明らかに男性が多かった。こちらの部屋にいる女性は明らかに幼児と呼ぶべき年代だろう人しか存在せず、また左の部屋の女性比率よりもさらに際立って男性比率が高かった。大まかに見れば、やはり二つの部屋は性別で区別されているように感じた。しかし本来なら更衣室に大まかも何もないだろう。ぼくの見方が何かおかしいのだと思った。
浴場へ続く大きな廊下には、中央にトイレが設置されている。普通トイレといえば更衣室の中に設置されていそうな物だが、それは例えば公園にある物のように、巨大廊下の真ん中にドンと建っていた。
トイレはちゃんと男女別に分かれていた。青色と赤色でそれぞれの性別を示す人型マークが入口に書かれている。間違えようもないほど分かりやすく見慣れた表示だった。
ただ少し不思議なことがあるとすれば、廊下の真ん中に建ったそのトイレでは、左が男子側で右が女子側になっていた。更衣室の位置から考えれば、左右逆になっていた方が自然なはずだ。
……と考えたところで、あれ? と違和感に気付き始める。世界がぐわんぐわんと回転するような現実離れした感覚と共に、ぼくはまた周囲を見回した。
どこを見ても、どこを見ても、裸の女性がいる。明らかに誰もが無防備で、明らかにぼくのことを気にも留めていない。男のぼくが、しかも裸で、その人たちのことを見ているのに、誰もそれを気にしていなかった。
この場所でも「女性を露骨に見ること」は不審な行動として扱われるはずだとぼくは思った。他の裸の男性たちも、ここにいる全ての人間がぼくに対してそうするように、何もおかしなことはないと言わんばかりに、女性を含む全他人たちのことを適度に無視している。そんな中でぼくだけがジロジロと見回していたら、その行動は不審かつ不愉快と捉えられるに違いないはず。
……と思うのに、実際はそうならなかった。ぼくがどれだけ周りの人間を見回しても誰も気にしないのだ。そして、そのことを確認してから、ようやくぼくは気が付いた。
ぼくはいくらでも視界に入る女性の裸に、何ら興奮していなかった。それは下半身だって証明していることだった。
絶対に何かがおかしい……。そう考えたところで、全てが途切れた。
夜になってから、友達を誘ってもう一度大浴場に行った。ぼくが左側の更衣室に入ると、そこはガランとした無人空間になっていた。どうやら夜にここへ来る人はほとんどいないようで、貸切状態になっているようなのだ。
服を脱いでから巨大廊下に出ると、友達はすでにそこで待っていた。友達というのは同年代の女性だった。彼女の長髪は原色の濃い赤色をしていて、なんとなくぼくは、彼女が自分の友達であることを奇跡なのだと思っていた。彼女は欠点なんかおよそ無いような人間で、ぼくとは大違いだったから。
廊下に出てもなお他の人は一人もいなかった。昼間は賑やかだった廊下も、今は照明があってもなんだか暗い感じがする。広大な面積が寂しいその場所に二人きりだった。やはり彼女も裸になっていた。
女友達の裸を見た。ぼくは確かにそう認識していて、何ならその状況自体に少なからず興奮もしているはずだったけれど、しかしそれはどうも性的な興奮とは違うようだった。例えるならば何かこう、自分の好きなマイナー漫画を友達も好きであることを初めて知った時のような、そういう意味での興奮だった。当然肉体反応は何も起こらない。
ぼくは両腕を伸ばして左右の更衣室をそれぞれ指さし、その友達に聞いてみた。
「もしかしてなんだけど…………あっちとこっちって男女別で分かれてる?」
「そりゃそうでしょ?」
何を当たり前のことを言ってるんだ? と彼女は首をかしげていた。今一度確認するけれど、お互いとも完全に裸である。
「……昼間来た時、間違えたっぽいんだよね」
「はぁ!? マジ!? え、それで大丈夫だったの?」
「まぁなんか、うん。何事もなかった」
「えぇ……。それはすごい」
「それでなんだけどさ」
今度はトイレを指さして言う。
「あれも男女別に分かれてるよね」
友達は頷いた。
「ええ」
「なんで?」
「えっ? そりゃトイレはそうでしょ、普通」
友達はいぶかしげな顔をして当たり前のようにそう言った。ぼくだって確かにそう思う。トイレは男女別、更衣室も男女別、それが普通だろうと。でもそうだからこそ、何かおかしい。
「なんか変じゃない?」
「何が?」
「更衣室は右が男で左が女なのに、トイレは逆だから、配置として不自然じゃない?」
「あー、言われてみれば確かに」
「それから……」
ぼくは周囲を見渡して言った。昼間には文字通り、誰の裸でも見放題だったこの場所を見渡して。
「更衣室を男女で分けてるなら、ここで合流するのはおかしい。裸で風呂に入りに行くのに、合流しちゃったら分ける意味がない」
更衣室をいくら分けたところで、最終的に合流してしまえばそこで何が起こるのか。そのことは、その場にいるぼくたちがちょうど証明していた。
「……あっ、えっ? 本当だ。……えっ? あれっ……?」
ほんの簡単なことだと分かっているはずなのにそれが理解できないという様子で、友達は見るからにうろたえていた。けれども彼女は、リンゴを食べたイヴのように突然その体を男の……ぼくの視線から隠そうとし始めるようなことはしなかった。少なくとも彼女はこの場所のおかしさに気が付き始めても、自分の裸を隠したいとは思わないらしかった。
大体彼女は、更衣室は男女で分かれていると当然のように答えてくれたわりに、左側の更衣室から出てきたぼくを見ても何も言わなかった。そしてぼくに裸を見られることを何とも思っていないらしいこともある。けれど彼女だけじゃない、みんなどこかがおかしい。変だ。
そして、何かがおかしいのはぼくも同じだった。ぼくは、本当なら性欲にまみれた男のはずだった。こんな状況で性欲のことを忘れるわけがない男だった。それを思い出した。思い出しても、どうやら一向に何も変わらないのだけれども。
でもこれが理想郷だと思った。性欲なんて物はやはり消えてなくなった方が良くて、それが消えてもぼくは性別に……女性に執着する。そして女性たちはぼくのその執着に対して、何も感じないでいてくれる。自分は今、性欲が消えて、許容に溢れた世界を見た。それが理想で、ここが楽園だ。そう思った。
目が覚めた。