パワプロ勢、人生初のファミスタに触れる

 ぼくがまだ「五」という漢字の書き方に苦戦していた小学生の頃、父が突然プレイステーション2を買ってきた。
 「安かったから」というなんとも間の抜けた一言と共に現れたそれは、ぼくに猛烈な興奮と感動を与える物となる。何せ当時のぼくにとって据え置きゲームとは「セガサターン」のことであったのだから、そこからプレステ2へ移行したことはまさに「時代が進んだ」という衝撃そのものだった。
 ……その頃すでにプレステ3が発売していたことを知るのは、それから五年以上あとのことになる。
 いろいろなソフトを買って遊び、プレステ2が我が家に馴染んだある日。ぼくは自宅で、学校の授業に対する愚痴をこぼしていた。
「体育の時間にハンドベースをするのだけれど、ルールが全く分からない。そもそも先生はロクにルールの説明なんかしなかった。ぼく以外にもルールが分からない人は大勢いるのに、授業としてどうかしている」
 と、現在の知能で要約して大体そんなことを言ったつもりだ。すると父が提案したのはこんな解決策だった。
「よし、野球のルールを知ろう。というわけで、今から野球ゲームを買いに行く。お前もゲームならすぐに覚えられるだろう」
 かくして我が家にパワフルプロ野球が現れ、それは以後、我が家における野球ゲームの代名詞となるのだった。
 そして時は流れて、元号も変わった2020年。我々家族は、いい加減パワプロにも飽きを感じていた。というのもそれは、コロナで父の帰りが早くなり、パワプロが「休日に遊ぶゲーム」から「毎晩遊ぶゲーム」に変わったせいだった。
 野球ゲーム自体は好きだ。しかし如何せん飽きを感じてしまう。そんな我が家の面々に対して、ある時テレビのCMを通じて出川哲朗が言った。
 ファミスタを買え(要約)と。





 ファミスタに触れたことは人生で一度もない。CMを見たところ、どうやら演出的な見た目はパワプロと大きく異なるらしかったが、しかし野球ゲームが野球ゲームであることに変わりはない。きっとすぐに体に馴染むだろう。
 そう思いながら初めてファミスタで遊んだぼくは、そのあまりの衝撃に目を疑った。まず衝撃の一、「カーソルの不在」である。
 野球ゲームは当然ながら、投手を操作するプレイヤーが球を投げ、打者を操作するプレイヤーがそれを打とうとする。「どこを狙い投球するのか」「どこを狙いバットを振るのか」といったことは当然、それらを示すカーソルを動かして決めることになっていた。
 だが、そのカーソルがない。一切ない。ファミスタから真っ先に突きつけられたカーソルの不在には、ある朝起きたら知らない場所で寝ていたような衝撃があった。なんなのだこれは、これでどうやって遊べばいいのだ!?
 大混乱の中、ともかくぼくは投球ボタンを押してみる。物は試しである。操作と結果の因果関係をなんとなくでも感じることが出来れば、パワプロに比べて異次元的なこのゲームの性質だってきっとすぐに把握出来るだろう。球種の選択からして勝手が違うが、とりあえずまずはレバーをニュートラルにしてストレートを投げた。
 放たれた球は、当然ながら真っ直ぐど真ん中に向かって飛んでいく。ではそれを別の場所に投げるにはどうすればいいのか? ぼくはとにかくレバーをガチャガチャ動かしながら二球目を投げた。
 そしてそれによってぼくは、いよいよファミスタの異次元性への理解の第一歩を踏み出すことになる。
「!?!?!?!?」
 衝撃の二、投手の手を離れた球が念力を受けたかのように途中で曲がること。否、「曲げられる」ことだ。念力とはつまり「操作」だった。投手の手を離れた球が、放っておけばど真ん中へ向かうストレートが、手元のレバーを倒すことでクネクネと左右に曲がるのだ。
 な、なんてことだ、こいつは野球ゲームじゃない……超次元ベースボールだ。ウイニングイレブンとよく似た物だろうと思い込んで、ぼくらはイナズマイレブンを買ってしまったんだ。
 激しすぎるカーブを描き、バッターの背中側を通過して行った球を見つつ、ぼくは愕然となった。当然ながらそれは、パワプロでは一度も見たことがない光景だった。
 投球についての謎は後を絶たない。例えばそれは画面内に表示された「決め球」という項目だった。概念的なものを超えて、システムとして存在する「決め球」を見たのは初めてだ。しかし一方でそれら決め球には、ムービングファストやシンカーなど見覚えのある名前が付いている。
 試しにボタンを押してみると、「決め球」は派手なエフェクトと共に、他の球よりも強い物として放たれた。この場合の「強い」というのは「よく曲がる」「速い」といった一般的な意味、野球的常識の範疇と言える意味であった。
 ……が、それはぼくが偶然、常識の範疇に収まる球ばかりを投げる投手を使っていただけのことだった。別の選手を投手としてみると、決め球にこんな球種が現れたのである。「剛速球」。
 きっと恐ろしく速い球が、肉眼で追えないような速度の球が発射されるに違いない。しかし今さらそれがどうした、もうそれくらいでは驚かないぞ。剛速球とやらがいったいどれほどの物か見届けるべく、ぼくはそれを投げた。
 投手の手を離れた球は、しかし通常のストレートと変わらない速度であった。あれ? と思ったその時、球が突然青白く発光! ストレートを遥かに凌ぐ凄まじい急加速を見せて、その球はキャッチャーミットへと消えた。
 …………滅茶苦茶じゃないか!
 完全に異次元ベースボールを舐めていた。言われてみれば、念力で球が曲がるのだから、急加速だってするだろう。もはやこれは我々の知る野球ではないのである。そして我々は、知らない世界の球をそうそう打てる物ではない。家族一同、素人が千賀のフォークを打とうとするかの如く苦戦した。
 そしてその後も、イカれた球種たちが縦横無尽に画面内を飛び交うことになる。例えばサークルチェンジは「逆・剛速球」であり、突然マトリックスのワンシーンのような減速を見せる。フォークという名のボールは「落下」の概念を持たず、心電図のようにジグザグ軌道に震える急速の遅い球となっている。
 そしてそれらの球は全て、念力によって左右へ曲げることが出来るのだ。見覚えのある名前の球種たちが、実際は全て異次元の存在となっているのである。なんてゲームだ……。
 これでどうやってヒットを打てばいいんだ! そう思いながらも、フォークが事実上のチェンジアップとして扱われていることを受けて、ぼくはあることに気が付いた。……フォークに落下の概念がないわけじゃない、このゲームの投球とバッティングに「上下」の概念がないんだ。
 そのことに気がつくと、ファミスタというゲームが遥かいにしえの時代、ファミコンソフトとして生まれた経緯に察しがついた。つまりこれは野球ゲームではなく、野球盤ゲームなのだ。どちらにせよ異次元であることに変わりはないが。
 たかだかプレイ一日目なので、異次元ベースボールにおいて本当に投手側が最強であるのか、それはまだ分からない。ゲームのシステム自体理解していないことだらけだ。
 けれども一つだけ確かなことがあった。
 ぼくは野球盤よりも、野球の方が好きだ。小学生の頃、ルールを理解してから取り組んだハンドベースは、野球盤よりも面白く、パワプロよりはつまらなかったと記憶している。
 出来ればファミスタにも、野球ゲームであってほしかったものである。





 しかしファミスタにはまだ隠された希望があった。それはミニゲーム。しかもその内容には「雪合戦」「宇宙人バスター」といった、野球ゲームとしてはエキセントリックな物がぽつぽつと並んでいる。
 まだ実際にプレイしたことはない。しかしこれは、実質マリオパーティの新作ミニゲームかもしれない。ファミスタの評価を決めるには、まだまだ知らないことが多すぎるのだ。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ……!

 ……この話題についての作文は、また何か書きたいことが発見されれば、続きを書くと思う。