金庫と口外禁止とover there

https://arisu15849.hatenablog.com/entry/2020/03/20/171731

 今回の作文は、上記の過去作とまったく同じノリになります。注意してください。下ネタです。













 弟は滑舌が劣悪だ。特に「き」が「ち」に聞こえる様は未だに改善されない。これはそんな弟が小学生だった時の話だ。
 kiがtiに聞こえるということは、「森の木」は「森の地」になり、「黄緑色」は「血緑色」になり、「キウイ」は「チウイ」になるということである。「キャンバス」のような小文字の絡む物は普通通りに発音出来るようだけれど、とにかく弟と話していると、日常生活にどれだけ「き」という発音が多いのかに気付かされる。
 ある時、連休を利用して我が家は旅行に行った。すると泊まった部屋の中に、子どもにとっては普段あまり見る機会がないような、物珍しいアイテムが置いてあった。……ダイヤル式の金庫である。
 当時まだ幼かった弟はその金庫の存在にはしゃいで言った。
「チンコだ! 初めて見た!」
 男なんだから毎日見てるだろ、と家族全員が思った。そしてこの瞬間から、面白がった家族全員から旅行が終わるまでの間「金庫」は「チンコ」と呼ばれることになった。ひどい話だ。
 ともかく、そうして弟はしばらくの間チンコを……もとい金庫をいじり回していたが、やがて中に何か入れてみたくなったようで、ちょうど良い物はないかと探し始めた。金庫を見たら何か入れたくなるのは、白い紙を見れば絵を描きたくなることと同じような、子どものサガなのだ。
 そして部屋に置いてあった蜜柑を一つ、金庫の中にお供えするように置いて、弟は鍵を閉めた。番号を忘れるのだけはやめてくれよと言うと、大丈夫大丈夫〜と返事があった。
 そして弟は数時間後、解錠番号を忘れた。夕ご飯を食べ終えて「蜜柑でも食べるか」と言い出した時には、彼の頭の中に数字など何一つ存在していなかったのである。
「チンコの中の蜜柑が取れない」
 そんなパワーワードが生まれた。しかしまぁ、入っているのは所詮蜜柑だ、貴重品ではない。よってホテルに事情を説明するのは明日の朝でも良いと判断し、我々はその日は眠ったのだった。
 そして翌朝事情を説明すると、まぁ蜜柑くらいならなんとかしとくので大丈夫ですよ、というような返事をもらった。最終的にあのチンコ……もとい金庫が無事開けられたのか我々家族は知る由もないままチェックアウト時間になってしまったが、だから帰りの車でぼくは言った。
「まぁチンコに入れたのが蜜柑で済んでよかったじゃない。貴重品に貴重品入れてたら大変だったよ」
 誰も笑わなかった。





 ウチの父はよく冗談で母の胸を揉む。男子小学生が言うところの「デュクシ(効果音)」が最も近いノリなのではないかと思うが、デュクシほどアホかつ頻繁に起こるわけではない。このあたりの雰囲気やさじ加減の表現は中々難しいところがあるが……我が家においてその冗談は完全に和やかな物としてあったことだけは明記しておく。
 ぼくの物心ついた頃から父は冗談で母の胸を揉んでいたが、ぼくはそれを見て今までに一度も、何かがおかしいと思ったことはない。ぼくもアホではないので、女性の胸は基本揉んではいけないということくらい幼稚園児だった頃から知っていたし、教育上特に問題があるとも思えなかった。
 が、高校生くらいになった頃、何かのきっかけで友達に「ウチの父は冗談で母の胸を揉む」という話をしたところ、完全に予想外のドン引きリアクションをいただくことになった。「いや、服の上からおりゃ〜って愉快な感じでだよ?」と付け足すと、もっと引かれた。
 友達(男子)からも友達(女子)からも全く同じ反応をされたので、どうやらこれは人に話さない方がいいらしいと悟ったぼくは、両親に「どうやら黙っといた方がいいらしいね」と悟りの報告をすると、「当たり前だろ!」と焦った様子で言われた。残念だが、それはすでにスクールカウンセラーの先生に雑談として話してしまった後のことだった。
 事を重く見た父は、もう母の胸を揉まないと一人で勝手に固く誓っていた。しかしその誓いは守られ、ぼくは自分の軽率な行動が、我が家の愉快な特色を一つ失わせてしまったと、傍から見ればすごくどうでもいい責任感を背負うことになった。
 だからここ最近、その誓いが反故になっていることはとても喜ばしいことだ。





 ……という話の外伝として、弟のことがある。弟にとって「父が胸を揉む話は外でするな」という決まりは何かとても面白い物であるらしい。限られた身内での秘密という形態に魅力があるのか、下ネタが好きなのか、その正体は分からないけれど、とにかく彼はその話が好きだった。
 ただまずいことに、弟は「その話を外でするな」の意味を正しく理解していない。「他人の誰にも話すな」という部分は理解しているのだが……つまり「公共の場では、家族に向かっても話すな」という部分を理解していなかった。
 この話が出た頃には、弟はとっくに中学生になっていたのだが、しかし彼は馬鹿だった。ある日家族でドーナツを食べに行った時、弟が持ち前の無駄に大きな声量で喋った。
「パパがママのおっぱい揉む話でさぁ」
 ……例えばこれを読んでいるあなたがミスタードーナツへ行った時、店内の席に座った家族連れのうち、そこそこ育った男の子の口からそんな一文が飛び出てきたらどう思うか? まさにカオスだ。あなたは「事実は小説よりも奇なり」という言葉を思い出すだろう。
 そこでドーナツ屋からの帰り道、母が弟に言った。
「外にいる時はね、あんまり「おっぱい」とか言っちゃダメなの」
 弟は馬鹿なのでこう答えた。
「じゃあ、「アソコ」?」
 家族は失笑の渦に飲み込まれた。下ネタに関連するワードは代名詞でぼかすことがある……そんな文化の「意味」をよく理解しないまま、暗記的に覚えたお馬鹿の起こした笑いだった。