夢日記。青い髪の死体はいくつある?

 仲の良い若い男女の四人グループがいた。これといって特徴のない髪型をした茶髪のイケメン男(名前を忘れたので、以下「王子」と呼ぶ。全登場人物に対して同じ形式を取る)と、両サイドを刈り上げた黒髪のヤンキーっぽいガサツな態度を見せる男(刈谷)と、うっとうしい前髪と癖っ毛が特徴的な根暗っぽくて口数の少ない男(沼田)と、そして絵の具で塗りつぶしたような青髪ボブカットの少女(エナ)の四人。おそらくそう歳は離れていないだろうそれらの男女は、いつも同じ場所に集まって談笑していた。
 集まっていた場所は四階建てで、幅や奥行きもかなりある大きな建物だったが、そこがどういった内容の施設なのかは分からない。少なくとも中に居酒屋的飲食店が一つは入っていることと、かなり広い駐車場が建物一階前の敷地に広がっていることは確かだった。飲食店には座敷の席があり、駐車場は横長の長方形で、航空地図的に見下ろした時に、その右上端の角に沿うように前述の建物が建っている。
 なぜか四人はいつも建物前の外にいることが多い。そこを集合地としてどこかへ行くわけでもなく、一階入口前の日陰に置いてあるテラス席のような場所で過ごしていた。そこは柱だけを残し抉れるような形で壁等がなく屋外となっていて、その上は二階以降の部分が天井となっているためいつも日陰になっている。
 屋外には何も売り物の類がなく、四人はまるで自分たちが集まるために置かれているかのような休憩用の椅子に座りテーブルを囲む。椅子もテーブルもついさっきペンキを塗ったかのように真っ白く、椅子はレースのようなデザインで風通しが良さそうな物になっていて、テーブルは支柱一本の丸い形状だった。
 四人が集まり何を喋っているのかは描写されない。ただみんないつも楽しそうに笑っていた。男連中が時々冗談で小突きあったりもしていた。ただ不思議なのは、それが日差しの割に涼しさを感じる晴天の真昼間だった時もあれば、敷地内のそこら中に街頭的ライトが設置されていたことを知る夜だった時もあることだ。彼らはどれだけの時間をそこで過ごしているのだろう……?
 全ての場面がそこしか映さない。彼らが集合し始めるシーンも解散していくシーンもなく、ただいつも集まりきって、楽しそうに話しているだけ。しばらくの間それ以外のシーンがなかった。……が、ある日それが終わる。
 しとしとと降るある雨の日。王子は大きな十字路の交差点に人だかりが出来ていることに気が付いた。周囲の建物が高層ビルばかりだったので、彼らの住む地域が都会だったことが分かる。
 十字路の中央、歩道と白線と信号機と野次馬……それら全てに取り囲まれるような中心に、一台の車が乱雑に停められていた。……そのすぐ側で、青い髪の少女が倒れていた。
 交差点の真ん中で雨に打たれながら、立ち尽くしているのは刈谷だった。王子はそれらを全て俯瞰できる位置から目撃することとなり、刈谷が大きなため息を吐いたことも確実に見てとれた。
 次のシーンから、ゾンビになった青髪の少女エナが当時するようになる。そしてなぜか、必要に迫られたかのように夜の場面は頻度を増す。
 ゾンビの少女は、肌が緑がかった灰色になり、まともに言葉を話すことが出来なくなって、表情が上手く表せなくなった上に、人格までかなり正気の失われた物……あるいは幼児退行した物になってしまったようだった。しかし、それで人としての全てを失ったわけでもない。彼女とはいくらかの意思疎通が取れる。
 だからとでも言うのか、四人はその後もいつも同じ場所に集まり、休み時間の学生みたいに笑い合う日々を過ごしていくことになる。ゾンビも椅子に座って笑っていた。よく目立つ青色の髪は何一つ変わらないままだった。





 友人のゾンビ化からしばらく経ったと思われる次の場面。王子が敷物を持ってきていつもの場所にそれを展開し、そこでエナに膝枕をしていた。
「うぅえへぇ……ぅふふえぇ……」
 ぎこちなくも恍惚の表情を浮かべそのような声を出す青い髪のゾンビ。刈谷と沼田はそれを見て「いい加減にしろよ……」といった顔をする。
「楽しそうだな王子」
「ああ、飽きないよ」
「はあ……」
 三人の間でそんな会話がされる。どうやら王子のやっていることこそが、ゾンビとなり人格の危ぶまれるエナを、上手く手懐けることに最適な方法の一つらしかった。
 他にもゾンビは散歩が好きらしく、特に日中の駐車場で日向ぼっこをすることが日課になっていた。夜になると一階前のあちこちを歩き回り、そのあたりに置いてある用途不明な資材のような物を弄んでいることが多い。
 誰も、自分たちのいる状況に悲壮や責任を感じている様子がなかった。全員が全員、ずっと昔から自分たちには関係ないことが原因でエナがゾンビになってしまったかのような振る舞いをしている。
 しかしある日の夜、刈谷がエナにそっくりの、青い髪のゾンビをどこかから連れてきた。エナ本人はまた王子に膝枕をされている真っ最中で、つまり同じ容姿のゾンビがこれで二名、その場にいる人物は全員合わせて五名となった。
 新たなゾンビの出現が意味することはいったい何なのか? そのことについて三人の男が話し合い、早々に一つの結論に至る。「感染」だろうと。自分たちの知らないところでエナが人に噛みつき、その人をゾンビにしたのだろうと。……つまりエナのゾンビには、別に24時間誰かしらが付きっきりになっているというわけではなかった、そんな事実がここで判明する。
 二体目のゾンビの特徴は一切喋らず、また放置しているとほとんど動きを見せないことだった。なのでほんの少し観察すればオリジナルとの見分けはつく。王子、刈谷、沼田の三人は、これ以上感染を広げさせないように両方のゾンビを監視することを誓った。
 ……しばらく経ったある日の夜。彼らの集まる場所では、同じ見た目のゾンビが三体になっていた。エナに比べてほとんど動かないことは三体目も同じだった。
 どうせ「忍びないので」という理由で、睡眠中に彼女を拘束せず放ったらかしにでもしておいたのだろう……と戦犯探しが始まる。真っ先に疑われたのは王子だった。王子はエナを一人で見張っていた一方、刈谷と沼田は二人がかりで感染者の方のゾンビを見張っていたので、彼ら二人は自分たちの落ち度のなさをお互い知っていたのだ。
 四人が椅子に座り丸テーブルを囲む夜の舞台。王子の前にだけ、テーブル上にどこぞの店から買ってきたフライドポテトが置かれている。話している最中にもそれをつまみながら、またエナにそれを与えながら、王子は自分の無罪を主張する。
「悪いが俺はお前たちほど優しくない。それに、これもお前たちには悪いが、そうした方がエナが喜ぶことも俺は知っている」
 トンボの目を惑わすような動きで、ポテトの先で宙に円を描きながら王子が言う。奪い取るように激しい食い付きでエナがそれにかじりつくと、王子は待ってましたとばかりにそのポテトから指を離す。
「ぅへ、うふふぇ、ぃへへぇ……」
 ポテトを咀嚼しながら、エナはまた可能な限り満足気な顔をしていた。歪にゆがんだその表情からでも、彼女の感情だけは読み取ることが出来る。
 ……男二人はなぜか王子の主張に納得したらしく、ではいったいなぜゾンビが増えたんだろう……と首を傾げ始めた。オリジナルが男たちに混じって椅子に座りテーブルを囲む一方、残るゾンビ二体は壁や駐車場などランダムな方向を向いて棒立ちになっている。建物の中の明かりはまだ点いていた。
 ……そして次の場面では、いつもの場所に四人が集まり、空は夜の暗闇を主張していて、やはりゾンビはエナを含み計四体になっていた。これは「噛み付くことで感染する」という考えが間違っているのではないかと男たちは考察するが、しかし自分たちがゾンビ化していないことから感染の条件がまるで分からない。
 楽しかった頃の雰囲気はとっくに消え失せて久しく、特に刈谷が現状にうんざりしているようだった。沼田はそれを居心地が悪そうにしており、一方で王子だけが常に余裕の表情を保っている。椅子の背後からエナに抱きつかれ、手馴れた様子でその頭を撫でながら、王子は言った。
「エナはなぜ同胞を増やすんだろう」
 どうやって増やしているのかも分からない彼らに、そんなこと分かるはずもなかった。





 小雨が降る暗く重たい曇り空の日。あの日事故の起こった交差点の傍の歩道を、刈谷は息を切らして走り抜けていた。それを青い髪のゾンビが追いかける。ゾンビは全部で五体いた。
 足の速い刈谷と同じくらいの速度で走るゾンビ。焦りの滲んだ顔で通行人のまばらな歩道を駆け抜ける男を、まったく同じ見た目をした、灰色と緑色の混ざった肌をした女たちが追う。走りながら全く表情の変わらないゾンビたちからは、刈谷をどこまでも無限に追っていきそうな途方のなさが感じられる。
 前日も雨だったのか、小雨で出来た物とは思えない数と深さの水溜まりがあって、それをバシャバシャと踏み抜き走っていく。だがやがて赤信号に捕まった彼は、後ろを振り向き追跡者の姿をきっちり五つ確認すると、観念したように叫んだ。
「わかった、俺が悪かった、悪かったよ……!」
 本来なら、自らが轢いてしまった友人がゾンビとして目の前に現れた時に浮かべるべき苦々しい表情を、その時彼が初めて見せた。そしてそんな彼を、五人のゾンビたちが取り囲んでいく。
 包囲が完了すると、刈谷の正面に立ったゾンビに向かって、残りのゾンビが吸い寄せられていく。元々実体がなかったかのように、それらはエナの体に触れるとあっけなく消え去っていく。
「ベーだ! 謝るのが遅いんだよ!」
 青髪のゾンビがそう言って舌を出す。もはやこの世にないものとばかり思っていた、本来のエナの声による、普通の人間と同じ流暢な発音だった。
 不思議なことに通行人の誰一人として、刈谷を中心に起こったそれら一連の出来事を、さほど気にしていないようだった。街を駆け抜けたゾンビにちらりと目を向ける人ですらかなりの少数派である。
 ……そして次の場面へ移ると、小さな個室となっている居酒屋の座敷席に集まった四人が、久しぶりに楽しそうな雰囲気で盛り上がっているところが見えた。そこはいつも集まっている建物の中にある店のようだった。
 エナ以外の三人は酒を飲んでいた。エナの隣には王子が座り、その向かいに刈谷と沼田が座っている。
「分身が出せる可能性は考えなかったなぁ」
 王子がそう言ってエナに笑いかけると、彼女は満面の笑みを彼に返す。……青髪少女エナは、肌がベージュになり、流暢な言葉を喋り、表情は他の人間と同じ柔らかく滑らかな変化を見せ、これといった奇行を見せることもなくなっていた。ゾンビはどこにもいなくなったのだ。
「悪魔だよやっぱりその女は」
 刈谷が枝豆のサヤの先でエナを指さす。侮辱のニュアンスを向けられた彼女は不機嫌さを見せ、
「あーそうですよ。人間の刈谷くんとは違ってね」
 と言って、刈谷の摘んでいた枝豆を念力のような力で木っ端微塵に消し飛ばした。
「おい食べ物を粗末にするな」
「はぁい王子くん」
 消し飛んだはずのそれが破片を集合させるようにして再び元の形を取り戻し、しかしその在り処だけはエナの手の中となる。彼女は得意気にそれを前歯で中身を取り出し食べて、空になった緑のサヤを摘んだまま煽りのドヤ顔を刈谷に向けた。
 この野郎め……とイラだち混じりの苦笑いを浮かべた彼を見て、沼田と王子はおかしそうに笑った。
 エナという少女は、どうやら人間の姿をした悪魔であるらしかった。そのメンバー四人がどういう経緯で知り合ったどういう関係の人々なのかは分からないけれど、どうやら全員が悪魔の存在を受け入れているらしい。
 絵の具で塗りつぶしたような青い髪の少女が、他の面々が思い思いの酒を飲む中で、ストローのさされたメロンソーダを飲んでいる。……なぜエナがわざと刈谷の車に轢かれ、ゾンビを演じていたのか。種明かしをされた三人のうち二人は、そのくだらない真相をすでに鼻で笑ったあとだった。
「ほらエナ、あーんして」
「あーん!」
 小さく切り分けられた唐揚げを一つ、王子が少女の姿をした悪魔の口へと放り込む。……だからつまり、エナは彼に甘える口実として、半分死人の存在を演じたのだった。本能のままに動いて然るべきと誰もが思うような存在を。
「おい沼田、いけ、お前もやってこい」
「ん……。おーいエナちゃん、お好み焼きもあるよ、はい、あーん」
「王子くん食べていいよ」
「よっしゃ」
「ちょ、何が悲しくて男同士で……」
 一方が身を乗り出し、もう一方が箸を咄嗟に引いたところで、残りの二人がさぞ愉快そうに笑う。……今まで具体的な描写がされなかったけれど、初めから彼らの談笑はずっとそんなノリだったのかもしれない。
 箸の先で掴まれた物を自分で食べた沼田は、それを胃の中に落としてから、酒を一口飲んで言う。額が一ミリも余すことなく髪で隠れた彼は、若干分かりにくいけれどそれなりに顔が赤くなっていた。
「それでエナちゃんは、結局膝枕とかだけで満足なの?」
「へっ……?」
 エナが咄嗟に王子の顔を見る。その眼差しが期待に満ちていたことは、本人以外の、その場の全員が秒で察したことだった。
「そうだなあ、せっかく好意をぶつけてもらったんだ、二人でいろいろやってみようか」
「えっ、えっ!?」
「嫌?」
「いやじゃない!」
 動揺を隠すためか、おもむろにエナがメロンソーダのストローに口をつけ始める。それを見た王子が刈谷と沼田に目配せすると、二人は何かしら暗黙の了解を再確認したようだった。
 王子がエナの頬にキスすると、ジュースしか飲んでいないはずの彼女の顔が赤くなった。
「よし沼田、いけ、お前もやってこい」
「なんでだよバカ。自分がやれ」
「よし来た」
「来てねえ! 座れ!」
 向かいの男二人がそんな風に騒ぐ中、それが視界にも入っていない様子で、青髪の少女はにんまりと笑みを浮かべ、今度はご機嫌な声まで出しご満悦のほどを表す。
「うふぇ、えふふィ、いひひぇ……」
 彼女はもともと、王子とイチャつく時にはそういう笑い方をする人だった。





・解説
 ぼくの趣味の塊みたいな内容の夢だった。人外の女性や異能力の登場、それがサラッと受け入れられる展開、そして男女関係のいろいろ。かなりささやかな方だけれども、エロ展開をにおわせないこともない部分もそれっぽい。
 ただこの夢は「ぼくはこういうのが好きだ!」という気持ちだけで生まれたらしく、とにかく雑で考えられていない部分が多い。まず四人の関係性がどうやって生まれたのかはともかく、なぜ維持出来ているのかがそもそも謎だ。夢にはまったく描写がなかったけれど、刈谷と沼田にも彼女とかいたりするんだろうか?
 最後に王子がキスをする時にした目配せが、何か彼らの関係性を表している気がするけれど、具体的なことは何も分からない。それがぼくの意図した表現としての「不明」ならいいのだけれど、夢を見せてきた脳みその持ち主であるぼく自身が、意図的もクソもなくその思わせぶりな描写の意味を知らないので、まさに作った人そこまで考えてない事案が確定してしまっている。
 他には「刈谷がエナに謝ってたのはなぜ?」という謎も残っている。あの時点での彼は自分のミスでエナを轢いたと思い込んでおり、いくら悪魔である彼女でも人間の姿をしている以上それでかなりのダメージを受けてしまい、そのことをゾンビになってから恨んでいるのだと思ったから……と解釈するのが妥当だろうか?
 誰かがぼくの小説を読んで「ここどういう意味ですか?」と聞いてくれば大抵答えがあるはずだけれど、ぼくがぼくの脳みそが見せた夢を見て「ここどういう意味ですか?」と聞きたくても誰にも聞けないから釈然としない。目配せの件と合わせて考えてしまうと、何の意味もなく雰囲気で出てきた台詞なのでは……? とも思ってしまう。
 その他にも描写が薄すぎていろいろなことに説得力がない問題はあるけれど、それはぼくが慢性的に抱える実力不足だからこの際良いとして、それでも「見切り発車したものの上手くいかなかった」感がすごい。オチは用意されているのがなおのこと見切り発車オーラを強めている。
 形にはされなくてもこういった妄想がぼくの中で頻繁に行われていて、それらのうちいずれかが、ある日幸運によって最低限の完成度に達したと見なされると、あとはそれを文字化することさえ出来れば小説になる。だから今回の夢はボツ案そのものであるわけだけれども、そのわりにはどうしようもなくつまらないわけではないように思えたので、そしてその上で中々文字量が多いので、今回試しに作文化してみた次第である。
 というか、夢日記をわざわざ作文にするということは、おそらくは必ずそういった流れがあるのだと思ってもらっていいはず。好きな物があり、それが脳みそから勝手に見切り発車され、微妙に無視できないクオリティかつ目覚めたあと記憶に残っている場合にのみ、その文字数が多いとボツ案の供養として作文としての夢日記が生まれる。
 ただ、夢日記作文の量もそこそこ数が揃ってきて、いつか「夢日記作品集」みたいにまとめれば面白いのでは? と考えた時にぼくは気が付いた。……それらを「夢」と称し言い訳することによって、温めに温めたものの結局さほどのクオリティにならなかった話を意識的に、完全に意図して放流しているだけなのでは……? と疑われた時、その疑いを否定出来る証拠が用意できないことに気が付いた。
 目配せし合っていた悪魔の少女と仲が良い三人の男は、もしかすると彼女を手懐けることによって、その悪魔的力から世界を守っているのかもしれない。そんなことをこれといった根拠なくぼくは思ったけれど、一度疑い始めると、まるでその感想まで含めて全て初めから意図された風に聞こえてしたう。
 違うんです、違うんです、本当なんです、信じてください。……そう言い続ける以外に出来ることがないほど追い込まれるだなんて、高校生の弟が、
「クラスの女子と「宝石の国」の話をした」
 という内容を家で喋っていた際、弟が宝石の国についてタイトルくらいしか知らないことを把握していたぼくが何も考えず、
「はあ〜? ぼくが話したかったわそんなの」
 とコメントしたところ、後日「弟を介して我が校の女子生徒に会おうとしたやべーやつがいる」として高校から親に連絡が入りあわや家族会議となりかけた時以来のことだ。
 あの時はマジで終わったかと思った。けれど意外とぼくみたいな人間でも、必死で主張すれば信じてもらえるものです。