氷菓くんは鳥頭

 父が大学の同窓会へ行く。ぼくの父はバスケのスポーツ推薦で大学へ行った人なのだけれど、同窓会にも当時の体育会的縦社会が色濃く残っているらしい。
 ちなみにぼくがバスケにおいて、下を見ながら真っ直ぐ進むドリブルしか出来ないのは、まったく同じ特性を持つ母の遺伝子によるものだと思われる。母は野球で空振りする時、強振のパワプロくんみたいに一回転する。そっちはぼくに遺伝しなかった。
 さて、同窓会ではみんな酒を飲むわけで、もちろん父も飲む。つまり車では現地へ向かえないわけだけれど、父にとってそれはすごく嫌なことだった。父は普段から、コンビニに向かうのでさえ車を使う人なのだ。
 そこで立てられた作戦はこうだ。父がぼくを後ろに乗せ、自転車で駅まで二人乗りをする。そして飲み帰りの父が自転車どころではないくらいベロベロに酔っ払っていた場合を考えて、なおかつ駐輪代をケチるために、駅で別れたあとぼくがその自転車に乗って家に帰る。自転車回収班導入作戦だ。
 ぼくが車の免許を持っていないからそういう作戦になる。そしてぼくは自転車の二人乗りが出来ないから、自転車の運転は必ず父だ。
 ……忘れもしない、高校生の頃の記憶。当時の彼女(人生最初で最後かも)と、どちらからともなく「二人乗りやってみようぜ!」と言い出したことがあった。別に、ちょっと家の前の直線を走るだけのつもりだった。なんかこう、ノリで。
 その時は当然ぼくが運転する段取りで、いざサドルに座り、ペダルを漕ごうとした。すると……うっ!? あ、頭がッ! 自転車……彼女……二人乗り……????? フタリノリ、アブナイ、オレ、ヤラナイ、ゼッタイ!
 ……とにかく、ぼくは絶対二人乗りの運転なんかしない。歩いた方が早いのに、目を閉じて歩くより危ないからだ。好きな女性のタイプは、自転車の二人乗りが出来ない男を許せる人です。……おかしいよね、米なら荷台に積んでも問題ないのにさ。
 いや、話が脱線してしまった。まぁとにかくそういうわけで、ぼくは父の漕ぐ自転車の後ろの荷台部分に座り、レッツらゴーと最寄り駅へ向かったのだった。
 が、痛い。足が痛い。足というか、股関節というか、付け根というか、とにかくそういう部分が痛い。昨日やったリングフィットアドベンチャーのダメージが溜まっているところに、絶妙にピンポイントな揺れと衝撃が来る。
 なんと言っても、そもそも自転車の後ろの荷台は、人が乗る場所じゃない! 慣れないちほーでの暮らしは、寿命を縮めるのです。
 そうこう言いながら走るうち、カラガラァーン! と何かが落ちる音がした。それなりの質量がアスファルトに落ちたようだった。
「あっ、アイコス!」
 父が叫ぶ。落ちたのは、父がポケットに入れていた電子タバコ本体だった。拾ってきてくれと言われて、一時停止した自転車から分離する氷菓くん。ゲッターチェンジって感じだ。
 電子タバコ本体を拾って渡すと、「あれ、ゴム落ちてなかった?」と言われた。父のアイコスは蓋の部分が壊れていて、ヘアゴムで抑えないと勝手に開きかねないのだ。
 道路でヘアゴムを探すのはなかなかの難易度だぜ……。あまり見つかる気がしないながらも地面に目を凝らしていると、背後から、
「あ、あった。ゴムだけポケットに」
 との通達があった。なんでだよ、なんでそんな器用にゴムだけポケットに。
 さてヘアゴムを本体に取り付けて、気を取り直し再出発する。父に頼まれて、二度目がないようにアイコスはぼくのポケットへ入れた。
 しかし走って一分も経たないうちに、今度はカサーっと何かが落ちる。とても軽い音で、一瞬視界に映ったそれは見覚えのある色をしていた。電子タバコ本体に刺して使う、タバコの入っている箱だった。それも二つ。それも未開封
 再び分離だゲッターチェンジ。拾って自分のポケットに入れる。もうポケットに入れてる物はないのかと聞くと、ないらしかった。
 走りながら、父が言った。
「このポケット浅いのかな」
「さぁ」
「それか俺が太りすぎたのかな」
「それは……恐ろしい可能性に気付いてしまいましたね……」
 あながち否めないところがつらい。
 とはいえその後は落下物もなく、比較的安全なサイクリングが実現された。ここらへん新しい家ばっかりだなーとか、あの家デカいなーいいなーとか、家の話ばかりしていた。何せ道中目に入る物が家しかないのだ。
 家族総出で車を洗っている家庭を、二件三件と見かけた。我が家はまだ大掃除をしていない。明日は我が身かと思うと、大変そうだなぁとか言っている場合ではなかった。洗車そっちのけで、水流のほとばしるホースで遊ぶ小さなキミ。ぼくはキミになりたい。
 と、そんな平穏の中、ある時行く手に強烈な段差が現れた。と言っても、ぼくからは父の背中しか見えていなかったので、段差があると気付いたのは、それに被弾した瞬間だった。
 ガタッガタンッ! と2HITコンボ。足の付け根が「リングフィット!」と叫んでいた。ぼくはぼくで、敵の必殺技をくらった悟空みたいな叫び声を上げた。うわぁぁぁーッ!! ……いや、さすがにそこまではリアクションしてないか。盛ったわ。
 その後ぼくたちは、信号がないわりに交通量モリモリな横断歩道や、よろよろ歩きなのになぜか道のど真ん中を行くおじいちゃんを切り抜け、なんとか駅までたどり着いたのだった。
 家ばかりの景色から一変、駅に近付けばパチンコ屋が見え、コンビニが見え、薬局が見え、本屋が見え、そして大量の飲み屋が見えた。同じ居酒屋がいつもバイトを募集している。まったく、いつ見ても募集しやがって。彼女募集中の男みたいな店だ。まぁ大体の店はいつも募集してるけど。そして大体の男もいつも募集してるだろ。
「ありがとな、助かった」
 爽やかにそう言って、自転車をぼくに預けた父は、駅の改札へと消えていく。去り際に父は、同窓会の集合場所を大雑把にしか把握出来ていないけれど、まぁ友達に任せれば大丈夫かと言っていた。争えない血を感じた。
 ところでその同窓会は30人近くが集まる中、メンバー内の女子は元マネージャーの一人だけらしい。どんな空間なんだろう……。
 何にせよ、ぼくに残る役目は家に帰ることだけだ。今来た道を引き返し帰り道とするべく、機首(?)を180度反転させて、ぼくは自転車に跨った。……なんだか、父の声が聞こえた気がした。気のせいかなと思ったけれど、父の声と聞き間違えそうな他の音もここにはない。しかしもしも聞き間違いでなかったのなら、父はぼくに何の用があるんだろう?
「……あっ!」
 思わず声が出た。これは悟空と違ってマジで出た。道行く人が近くに何人もいたけれど、意外と誰もこっちを見てこなかった。
 とにかく父を追いかけなければ! 一歩目を踏み出したところで、父の方からこちらへやってきた。半笑いで曲がり角から飛び出してきた。ぼくも笑う。
「ちょっと!!」
「タバコ!!」
(ここでRADWIMPS的な音楽が流れる)
 ……今度こそ、父は無事旅立っていったのだった。ぼくは去年似たような形で母を駅に見送って、
「言われてた地図、帰ったらLINEで送るね!」
 と言い残し、帰宅した頃には地図のことを綺麗さっぱり忘れていたというエピソードを思い出しながら、徐行運転で帰った。
 忘れていたことを思い出した時の、あのサーッと熱や音が消えていく感じと、同時に来るイラだちは覚えているのに。どうしてこうも同じような過ちを繰り返すのだろう。
 気が抜けているからだとよく言われる。しかし普通の人が、常に気を張っているとはどうにも思えない。だから、ぼくに出来ることは一つだけなのだ。自転車に一人で、一人で乗って帰ること。ただそれだけなのだ。
 やっぱり足の付け根が痛かった。