投げっぱなしアイデア提出

 今回は、なんとなく「起」と「結」までは考えられたものの、それ以外を練ることが出来ず、作品として形になれなかった小説のあらすじを公開します。いつまでも温めていても仕方ないように思えるので、痺れを切らしてしまった結果です。

 あとで起承転結の全てを思いついたら、恥じることなくガッツリ一作品として公開し直す可能性も、ないわけじゃありません。あるいは別作品の中で、架空の本として紹介することだってあるかもしれません。

 かつて動画サイトで流行った、忙しい人向けシリーズのような物だと思ってご覧下さい。






・人間の弓、魔女の槍。

……主人公A(女性)は、ひょんなことから幼い子どもの姿をした「破壊を司る魔女」に出会う。魔女はその力を使ってあらゆる危険からAを守る代わりに、Aの家に居候させてほしいと言い出した。

 同居のセールスポイントが「何かを破壊すること」しかなかった魔女に家事を教えてみたり、魔女が孤独なAの貴重な話し相手となったりして、二人は段々と、お互いのいる生活が当たり前になっていく。Aはその生活にそれなり満足し始めて、魔女もAに好意を抱いた。

 ただ、Aは魔女のある性質にだけは頭を抱えていた。あらゆる危険から守ると約束した以上、魔女は(バレない形で)会社でも実家でもどこにでもついてくる。そして家族にせよ仕事の関係にせよ、関わる「人間」にことごとく恵まれないAが理不尽な扱いを受けるたび、耳元で魔女が言うのだった。

「あいつ、殺す?」

 魔女の「破壊の魔法」は人間に対しても使える。その気になれば瞬時に、誰にもバレない方法で、誰だろうと壊して、殺すことが出来る。

 けれど「殺す?」と問いかける声に、Aへの理不尽を憎しむ色はない。魔女には罪悪感という物が完全に抜け落ちているのだ。同居人への単純な気遣いとして、魔女は尋ねているだけである。彼女にとって人を殺すこととお使いに出かけることは同じような物で、また彼女は、親しい人の助けになることを美徳と考える者だった。

 魔女は聞く。Aが理不尽な目に遭うたびに、あいつ殺す? 殺さなくていいの? なんで? あいつを生かしておく意味ってなに? ……と、何度でも。何度でも。

 そのたびにAは言い聞かせる。

「いい? よく聞いて。そんな簡単にね、人を殺しちゃダメなんだよ」

 破壊の魔女は、普段は見た目通りの、Aに懐くかわいらしい子どものような存在だ。Aもそんな魔女に日に日に愛着が湧き、それは増す一方で、魔女の方もAのことをいたく気に入っている。……他人にさえ関わらなければ、二人の関係は何一つ不安のない、幸せなものだった。

 けれど魔女との生活が長くなるにつれて、外でのAの様子を見た魔女が、Aに投げかける疑問は深さを増していく。Aはそれでも根気強く言い聞かせ続けた。

「簡単に殺しちゃダメなの? 難しい時はいいの? よく考えてから殺せばいいの?」

「ううん違う。じゃあ言い方を変えよう。人は、絶対に殺しちゃダメ」

「殺さないと、別の誰かが死ぬ時でも?」

「そういう時でも、なるべく殺さないようにしながら、「別の誰か」も助けなきゃ」

「どうしてもどちらかしか選べない時は? その時はどうすればいい?」

「その時は、……大切な人を守るしかないけど。でも普通に生きてたら、そんな時来ないよ」

「そうなの……? でも人間って、他人のことが嫌だと、自殺しちゃうんでしょ? わたしは、Aのことを守りたい。生きててほしい。そのために魔法を使っちゃいけないの?」

「……私が自殺したがっているように見える?」

「わかんないよ。でも、もしそうなったらって考えたら、不安なことは消した方が」

「死なないよ。自殺なんか絶対にしない。これでも案外楽しく生きてるんだから」

「そう……?」

「うん。絶対。約束ね」

 けれどやがて、Aには限界が来る。社会の理不尽や横暴が、家族の身勝手な期待や支配心が、特別Aに対してだけ大きかったのか。それともA自身が弱すぎたのか。あるいは、延々と続く魔女の問いかけが悪影響となったのか。

 もう聞き飽きた問い。殺す? どうして殺さない? どうして殺しちゃいけない? ねぇどうして? どうして? ……と、それは人ならざる子どもの、無邪気な疑問だったのだけれど。それ以上でもそれ以下でもなかったのだけれど。

 最終的にAは、自分の言い聞かせてきた教えを全てひっくり返した。

「ねえ魔女、破壊の魔女。……殺しちゃってよ、あんなやつら。全員、ぜんぶ、あんなやつら、生きてる価値ない」

「え、でも、前はダメって言ってたよ?」

「……なんで人を殺しちゃいけないのかなんて、わからないんだ本当は。人格者ぶって子どもに説教するのが楽しかっただけ。それが気持ちよかっただけ。偉そうにしたかったの! そのことなら謝るから、お願いだからみんな殺してきて。出来るんでしょ……? ねえ!」

「できるけど……」

 ずっと殺そう殺そうと言っていた魔女が、ここへ来てその指示を渋り始める。そして今まで「ダメなものはダメ」と言われて、しぶしぶ納得してきたように見えた魔女もまた、それをひっくり返した。

「わたしも考えたよ、なんで殺しちゃダメなんだろうって。初めは、相手にも大切な人がいるからかと思った。Aが死んだらわたしが悲しむみたいに、誰かを殺したら、何の罪もない誰かが悲しむから、ダメなのかなって。……でもそれなら、その大切な人ごと、わたしが殺しちゃえばいいんだよね。悲しくなる前に」

「じゃあそうしてよ!」

「でも、今のを聞いてわかった」

 Aの目を見て、無邪気に笑う魔女。

「私がAに言われて人を殺したら、Aの楽しみがなくなっちゃうもん。お説教って言うけど、だったらわたし、Aのお説教が好き。Aが楽しくなってくれることが好き。それをなくしちゃうのはダメだよ。でも、Aが自殺しちゃうのはもっとダメ。だから他の方法を考えよう? 私も頑張るから。壊すこと以外も、何でも頑張るから」

 その言葉を機に、Aは会社を辞め、家族との縁を切った。その後二人がどうしたのかはわからない。どこへ行って、どうやって生きているのか……。

 ……ある日の正午近く。疲れた顔のサラリーマンが、公園のベンチに座っていた。ケータイにはおびただしい数の着信履歴。上司からの物だった。彼のスーツの下では、肌にところどころ青黒いアザが出来ている。パワハラという名の、暴力の痕跡だった。

 彼の目に映るのは、楽しそうに駆け回る小さな女の子。セイカ、セイカ、と言って笑っている。そしてその少女を困ったような笑顔で追いかける、その子の母親らしき人。

 彼の目には、降り注ぐ太陽の光が邪魔をして、少女の手に握られた一輪の花が、その花びらが見えなかった。花びらの、炎に焼けて崩れる行く様が、見えなかった。

「こら! 植物も生きてるんです。無闇に殺しちゃいけません」

 母親らしき人が、そうやって叱っていた。

 




 

・聖杯の魔女ニマド、アイドル編。プロローグ。

……不老不死である聖杯の魔女ニマドは、数百年前に「無」の世界である「白の空間」へと封印されて、わりと最近そこから、我々人間の住む現世へと復活した。閉じ込められている間に劇的に進歩した世の中を楽しむため、人ならざる彼女は「案内人」として人間を利用する。

 今回彼女に気に入られたのは、アイドルオタクも極まれりといった具合の男性だった。ニマドの次なる興味は「アイドル」というコンテンツに向いたのだ。

 魔女の力を利用しながらも「ファンとしての一線は超えない」ことを信条として、男と魔女は長きに渡るアイドルファンとしての人生を楽しんだ。……しかしただの人間である男には、やがて寿命がやってくる。それなりに義理の概念を持つニマドは、仮に彼が歳と共にアイドルへの熱意を失っても、今まで楽しませてくれた分の恩を忘れるつもりはなかった。

 が、実際は、床に臥すようになってさえ、男は最後までアイドルへの興味と熱意を示し続けた。それは今まで数多の人間を案内人に選んできた魔女にとっても、驚きに値することだった。

 いよいよ訪れる最期の時。生涯を共にした女性、魔女に、老いた男は語りかける。

「ニマドのおかげで、幸せな人生だった」

 答える魔女は、若かりし彼に出会った頃と、少しも容姿が変わらない。正真正銘、永遠の18歳だった。

「それは光栄だね。でも君が幸せだったのは、きっと私よりもアイドルのおかげだよ」

「いや、好きなものを分かち合えたからこそ……」

 ……言葉を止めて、男は問う。

「……一人になったら、ニマドは、次はどうするんだ?」

 うーん、と考える魔女。彼女は興味が赴くままに生きる。今回の男とは、アイドル趣味以外にも様々な娯楽、経験を体験してきたけれど、次なる魔女の方針は……。

「次は、私がアイドルになってみようかな」

 彼は、弱々しく口元だけで笑った。

「見てみたかったな、それは」

 人間一人分の生涯を共にした相手を看取ることなんて、不老不死の魔女にとっては慣れたこと。けれどらしくもなく、彼女は目を見開く。

「そんな、だってそんな、言わなかったから。そんなの一言も……!」

 案内人へ魔女が与える対価は、自分に出来る限りの範囲で、その人間の願いを叶えることだ。もしも彼が、もっと早く口にしていれば、魔女だってそれを試みるくらいのことはしただろう。

 日本一のアイドルになることだって、きっと魔女には「出来る限り」のことだ。

「いいんだ。……向こうで見ている」

 それが男の最後の言葉だった。

「……よしっ。じゃあ、決まりだ」

 パートナーを看取って、彼女は立ち上がる。その姿は文字通り、魔法によって、すでに別人のものとなっていた。

「なるぞ、アイドルに!」

 こうしてニマドは、アイドルへの道を一歩踏み出したのだった。






・サイレンス・キリング・ユニバース

……根暗な男Qが、夜中に何とはなくベランダを眺めていると、そこに人影が降り立った。強盗かと身構えたQは、しかしそれが「人」の影ではなかったことに気が付く。

 妖しく光る角、慎ましい羽根、スラリと伸びる特徴的な尻尾。すぐにわかった、サキュバスだと。

 コンコンと窓を叩いた彼女は、噂に聞く通りの淫靡な笑みを浮かべている。

「ねぇ、そこのお兄さん、私とエッチしない? どんなことでもしてあげるよ……?」

 Qは鍵を開けサキュバスを中に通した。淫魔だからといって強盗ではないと決まったわけではないが、彼にはそうすることしか出来なかったのだ。

 Qは童貞ではない。しかし、最後にセックスをしたのはもう何年前だったのか、正確に数えることも出来ないほどそれは遠い過去の記憶となっていた。そしてそれこそが、彼の記憶する唯一の性体験なのである。

「エッチって、今日だけですか?」

「え?」

 招き入れられたサキュバスは虚をつかれたのか目を点にした。

「俺としようって、今日だけしようってことですか? それともこれから継続してってことですか?」

「いや、特に決めていないけど……。どうして?」

「あのねぇ! どんなにいい思いをさせてもらっても! 一回きりで終わってしまったら、残るのは思い出じゃなく未練だけでしょう!?」

 あおん、あおんと、それは月に向かって何度も悲しげに吠える、負け犬のような慟哭だった。

 サキュバスがあからさまにため息を吐く。こいつはハズレだ、と言わんばかりに。

「……はあ、よく回る舌ね。それで稼いで生活しているわけでもないでしょうに」

「ぐっ……、風俗勤めのサキュバスに言われると説得力が違う……」

 ここは、「普通」とは少し違う世界線。Qの存在するこの世界は、数年前にサキュバス界と人間界が繋がり、二種族が共存を選んだ世界である。

 そんなこの世界では、性に関わる仕事、「女」を活かす仕事のほとんどが、すでにサキュバスの勤める物と化していた。それは差別ではなく、むしろサキュバスたちの望んだことなのである。適材適所、ただそれだけのことだった。

 が、しかし。それで世の中が上手く回っていたのも、少し前までの話。

「風俗? 私が? それが出来ていれば、誰がこんなところに……」

「え? だってサキュバスはみんな」

「あんたいつから時代止まってんのよ。風俗やAVの業界なんてね、今や競争率十倍よ、十倍。十人のうち九人は、普通に人間と同じような仕事をしてるの!」

「え、そんなバカな。どこへ行ってもサキュバスなんて見ないぞ」

「……そりゃあんた、こういうことじゃなくて?」

 言うと、彼女の角や羽根や尻尾、人外を表す全ては、シュポンッという軽快な音と共に一瞬で体内へ収納されていった。

「えっ、えぇ!? うそ!? 俺が知ってる話と違う!」

「何をどうしたらそんな浦島太郎になるんだか……。ここは秘境じゃあるまいし」

 Qは普段ニュースを見る、インターネットも頻繁に利用する。彼が社会の動きに極端に鈍いことは、普通に考えればありえないはずだった。けれど彼は実際に、いつの間にか時代に取り残されていた。

 後に振り返ればそれこそが、彼が兆候に気が付く、始まりの出来事だった。彼は選ばれたのだ。空の上、銀河の彼方の、その神に。あるいは、支配者に。

 性に飢え、偶然Qの元に現れたサキュバス「エルフェール」と、人ならざる……そして魔ならざる……彼方の知識に触れた人間、Qは、やがてこの世の真理に触れることになる。

 それはサキュバスの持つ力の根源、盲信の力の物語。

「彼女らが盲信の種族なら、するとどこまでがその力だというんだ。サキュバスとしての最低限の特徴さえ、盲信から生まれた物である可能性は……。彼女らは、彼女らの本質は、いったいどういうものなんだ……? その力はどこから来た? ……いや、待てよ、これを知れば彼女らはどうなる? だとすれば、本質的には、彼女らは、……あぁ! あぁ、そうか! そういうことじゃないか! 俺たちはずっと、いや、やっと! 出会えたんだ! 戻ってこられたんだ……!」

 彼方の知識に触れたQ。それを見届けたエルフェール。二人はお互い以外の誰に看取られることもなく、いつか静かに眠りにつく。無限に深く、ひた隠す眠りへ。

 彼らはひっそりと、狂人として名を残した。

(※作文タイトル「サキュバス界は自己盲信の世界」を参照のこと)