夢日記、途中から見た映画。

 気付いたら映画を見ていた。すでに話はいくらか進んでいるようで(そう見えたというだけで、実はプロローグだったのかもしれないし、クライマックスだったのかもしれない)、途中から見ている自分は、なんとなくの雰囲気で話を理解するしかなかった。

 舞台は少なくとも海外。主人公の若い男はこれといった特徴がない、好意的に見れば好青年と呼ぶこともできるような出で立ちだった(以降この主人公を便宜上「A」と呼ぶ)。

 Aは、黒コートにボルサリーノ帽という、いかにも怪しい恰好をした男の案内で、森の中に建つ館にやって来たようだった。相当な距離を移動したらしく、Aの顔には若干の疲れが見える。一方怪しい男の方は、帽子が影になって顔が見えない。

 森の中の館の受付には、女がいた。職務中に酒と煙草をやるタイプの、小汚いなりをした女だった。女は主人公を見てそれなりに驚いたようだったが、Aの表情が浮かべた驚きはその数倍だった。

「こんなところで会うと思わなかったな」

 外で風が吹き、木の葉の擦れる音が館の中まで聞こえてくる。Aも彼をここへ連れてきた男も、一言も話さない。けれどもどうやら、Aと受付の女は親しい関係にあるようだった。

「好きに見ていきなよ。ヤるならお題はもらうけどね」

 顔パス同然に受付を通り抜けて、館の奥に入っていく二人。やがて遠くの方から、女の悲鳴が聞こえてくる。それに気付いたAは、悪夢を噛み潰すように険しい顔を見せた。

 やがて、いくつかの個室に繋がる通路にやって来る二人。館はホテルかカラオケに似た作りをしている。しかし個室の防音性は気休め程度の物で、悲鳴はそれぞれの個室から聞こえてきていた。

 その通路にまでやってくると、悲鳴の主が単なる女性ではなく、子供であることがわかる。何人もの子供の泣き叫ぶ声が、個室の中から通路に漏れだしている。中には助けや許しを乞う声もあった。

 個室のドアは防音性に欠けるどころか、中央にガラスがはめこまれていて、部屋の中を覗きこむことは容易だった。Aは現実を確認する。個室の中では、歳が二桁になって間もないであろう女児が、大人の男の性行為の相手をさせられていた。

 その館は受付の女が、つまりAの友人が取り仕切る売春宿だった。Aが通路に置かれていたベンチに座り込むと、怪しい男も彼の隣に腰を下ろす。そのまましばらく、Aはうつむいたままでいた。

 そこでカメラが移動して、視聴者であるぼくはそれぞれの個室で行われる様々な行為を見せられる。まずそれぞれの個室の入り口に、日本円にして数十円から数百円の金額が書かれていることが確認できた。

 ある部屋では、図体の大きい男が複数人、寄ってたかって少女を犯していた。

 ある部屋では、「前と後ろ、どっちに入れてほしい?」と、下種の笑みを浮かべた全裸の男が少女に問いかけていた。

 ある部屋では、注射器で少女に薬を打ち込む男が、自分自身もラリっていた。

 ある部屋では、薬品で喉を焼かれて声が出せない少女が、苦悶の表情を浮かべて涙を流していた。

 ある部屋では、たすけて、ゆるして、死んじゃうと少女がわめくほど興奮して、彼女の体を殴りながら犯す男がいた。

 ある部屋では、拳銃を突き付けて脅し、少女に自ら腰を振らせる男がいた。少女は股から血を流していた。

 ……散々地獄のような光景を見せられてから、視点がAのもとに戻ってくる。依然彼はうつむいたままでいる。

 そんな彼の耳に、一つ異質な声が聞こえてきた。それは拙い歌声だった。おそらくまだ男が誰も入っていない個室から、中にいる少女が歌っているのだろう。……けれど、どこからかやってきた男が個室の一つに入ると、その声はぴたりと止んでしまった。歌う少女の部屋に入った男は、薬品のような物を持っていた。

 悲鳴がこだまする暗い通路で、どれくらいの時間動かずにいたのだろう。うつむいた姿勢のまま死んだように動かなくなったA、同じく電源の切れた機械のように動きを止めた怪しい男。

 ……そこへ一人の男が新たに現れる。彼は少しの驚きを含ませた声でAに話しかけてきた。

「あれ、君もこんなところへ来るのかい?」

 顔を上げたAは、声の主を見て目を見開く。そこで入った一瞬の回想によると、Aに話しかけた男は彼の仕事仲間であり、同性のAから見ても美形で仕事もできて、なおかつ親しみやす人柄の、言ってみれば完璧なタイプの人間らしい。Aも彼のことを尊敬していたし、彼を友人のように思っていた。

 Aがわなわなと口を震わせる。男に対する返事は出てこなかった。すると男は「誰にも言いはしないよ」と笑顔で言って、個室の中へと消えていった。

 Aは思わず彼の入った個室を見る。すると彼は、中にいる少女に話しかけているようだった。

「君のために用意したんだ。喜んでもらえるかな……?」

 両腕に何かを抱えた彼がそう言うが、何を抱えているのかまでは彼の背中に隠れてしまって、Aからは一切確認できなかった。ただ確実なのは、男と対面する少女が、心の底から怯えきった顔をしていることだけ。

 魂が抜けてしまったみたいに、Aは再びベンチに座り込む。彼がどすんと落下するように腰を下ろしたので、古びたベンチの脚は大きくきしんだ。怪しい男はまたしても彼の横に、静かに腰を下ろした。

 ベンチからちょうど、一つの個室の中が見える。今度はうつむかず、光を失った目で、あるいは何かを決意したような目で、Aはその個室の中を見た。

「殺すなら殺せばいい。自分では決心がつかなかった」

 白く長い髪をした少女が、太った男にそう言っていた。彼女は他の誰とも違って、少しも怯えた様子を見せず、全てを諦めたような顔をしていた。

 しかしそんな彼女も痛みを与えられれば泣き叫び、首を絞められれば顔を赤や紫に染めてもだえている。窒息死する寸前で首から手を離された少女は、せき込みながら笑っていた。発狂した末の笑いというよりも、自分を殺しかけた男のことを嘲笑っているようだった。

 Aが突然立ち上がる。そして何の迷いもなくスタスタと彼は元来た道を歩いていく。怪しい男も無言でその背後をついてきた。二人が受付まで戻ってくると、女は何かの書面を記入しているところだった。彼女は書面に目を釘付けにして、Aの方を一瞥もせずに言った。

「おかえり。どうだった?」

 受付のあるロビーに置かれた椅子に座ったAは何も答えなかった。女は彼のそんな反応を見て、やはり書面からは目を離さないまま鼻で笑った。

 座ってうつむいたままのAは、ここではないどこかを見ているようだった。しばらくの沈黙…………相変わらず木の葉の擦れる音がよく聞こえる。

「休暇と旅行、どっちがいい」

 地獄に繋がっているとは思えないほど静まり返ったロビーに、Aの声はよく通った。

「両方!」

 女の返答にAは目を丸くする。

「……あ?」

 彼の乱暴な聞き返しで違和を感じ取ったのか、女はやっと書面から目を離し、Aを見て言った。

「ん? 昼飯の話じゃないの? ごめんよく聞いてなかった」

 それを聞いたAは、ポケットに手を突っ込んだ。

「……いや、合ってる。そうか両方だ」

 取り出された銀色のリボルバー銃。それが「カチリ」と音を発して、画面が暗転した……。

 そしてここで、夢を見ていたぼくは目を覚ます。朝の四時だった。

 

 

 

 さて、夢で見た映画の最後の暗転が、プロローグの終わりを示す物だったのか、それともその後にエンドロールが流れる予定だったのかは、結局分からず終いです。けれどそれ以前に謎が多い内容でしたよね。それについて思うことがあるので考察していきます。

 まず一番意味不明なセリフ、「休暇と旅行、どっちがいい」についてです。これ、舞台が海外ということもあって「翻訳ミス」なんじゃないかと最初は思ったんですよね。何か元の言語でなければ通じない慣用句や隠語を、翻訳班が直訳してしまったような、そんな気がしました。

 最後の展開から見て主人公Aは完全にキレちゃってますから、休暇と旅行のセリフは「死に様を選ばせてやる」か「殺すかどうかを返答で決める」のどちらかの意味があったと推測できます。で、この「死に様を選ばせる」ことについて、映画の中にちょっと思い出す要素ないですか。

 あんまり思い出したくないかもですけど、「前と後ろ、どっちに入れてほしい?」と少女に問う男。ぼくはそれを連想しました。だとするとひょっとして、Aがやろうとしていたことは意趣返しなんじゃないかな、とも考えられるようになりました。

 金さえ払えば何をしてもいい無法地帯、地獄と化している売春宿を、そうなるように仕切っているのは受付の女です(少なくともAと視聴者にはそう見えた)。少女たちにした行いを、Aは女に意趣返ししているのでは。そう考えると「休暇と旅行」のうち、「旅行」は「トリップ」と何かしら関係があるのではと考えられます。

 旅行の意味でのトリップと、薬によるトリップ状態、対応する意趣はヤク中の男です。こんな調子で「休暇」にも何か対応する物があって、それを相手に悟られないまま選択させるための質問だった……ような気がします。休暇は普通に「死」なのかもしれません。死か薬漬けかの選択。一応なんかずっと隣にいる敵なのか味方なのかもわからない怪しい男が薬とか持ってそうですし、Aは女にどちらかの罰を与えるつもりだったのかもしれません。

 そう考えると質問に対して「両方」と答えられた主人公の驚きも理解できるような気がしてきます。彼はそこで気付いたんじゃないですかね、少女たちはどちらかを選んだところで、選ばなかった一方を回避できるわけではないことを。だから「いや、合ってる。そうか両方だ」なんじゃないかと。

 ただ、それだと最後に銃を取り出した意味がわからないんですよね。殺しちゃったら薬漬けにできないけど、足を撃って身動きを封じるとかそういう意図だったんでしょうか? それにしては紛らわしし過ぎる気がしてしまう……。しかしその紛らわしさから考えると、一連の流れはプロローグだったのではとも思えてきます。暗転の後、Aの結末がどうなったのかわからないまま、別視点で物語がスタートして、どこかでAのことが絡んでくるみたいな。

 あるいは「旅行→トリップ」という考え方が間違いで、やはりそれは慣用句の翻訳ミスであり、彼は「自分の死か女の死」を選択させていた説もあります。休暇と旅行がなぜそんな意味になるのかはさっぱりですけど、目の前の悪である女をとりあえず殺すのか、友人が平気な顔で少女を食いものにする人間だと立て続けに思い知らされたAが生きることに嫌気がさすのか、というわけです。

 この説の場合、対応してくるシーンは白髪少女の「殺すなら殺せばいい。自分では決心がつかなかった」です。そのシーンだけよくわかりませんよね。何やら特別っぽい少女が実態のところ一体何だったのか、まったくわからないまま夢は終わってしまいますし。

 相手が他人にせよ自分にせよ、Aは殺しに対して決心がつかなかったのではないでしょうか。だから相手に選ばせた。そしてそうだとすると、なんだか暗転後のストーリーに白髪少女が絡んできそうですよね。どっちが正解なのかは、というか正解があるのかは、永遠に闇の中……もとい夢の中ですけれども。

 ……考察は以上です。思いついただけ書き連ねてみました。それ以上の意味はありません。