夢日記、笑いと涙が止まらなくなる話。

 その夢の自分は、どうやら頭がおかしくなったようだった。陳腐な言い方をすると、その夢の自分は、心の中で何か、糸が切れたようだった。

 夢の始まりは日の落ちた時間帯の自宅だった。夕食時、自分は父に何か嫌なことを言われた。詳しい内容は忘れたが、元々自分はずっと、父のそんなような真人間の理屈が大嫌いなんだ、と思ったことだけは覚えている。

 それでキレた自分は、目の前にある皿を次々と床に投げつけて割り、皿から落ちてベチャベチャと散乱した食べ物を、拳でぐちゃぐちゃにすり潰した。むかつくんだよ、むかつくんだよ……!! と叫びながら、泣いていた。涙の熱さと、頬を伝っていく液体の感触がリアルだった。

 暴れながら、泣き叫んだ冷静の欠片もない声ではあるものの、自分は「何がどうむかつくのか」を、父に説明しようとしていた。そこで一度時が飛ぶ。

 夢の続きは、どうやら父と喧嘩してから一晩が過ぎた時点から始まったようだった。居心地の悪い空気が残った以外は、いつもの日常に戻ったような雰囲気。しかしその中で、自分の様子だけがおかしかった。

 何か喋るたび、笑いか涙が勝手に出てくる。面白くも悲しくもない時にも、馬鹿馬鹿しくもなく腹が立つ時わけでもない時にも、口を開けば必ず笑いか涙が出た。それもその笑いはバラエティ番組を見て爆笑する時のような大きな笑いで、その涙はぼろぼろと次から次へと溢れる涙だ。

 それが喧嘩から一晩経っても一向に治らず、自分でもこれは我ながら、何かがイカれちまったっぽいぞ、と思った。そしてそれと同時に、テンションが上がっていた。なんというか、面白くなってきたぜ、という気持ちだった。もし本当に自分がイカれてしまったなら、「第三者の他人たち」という圧倒的多数が、自分と父のどちらを悪者扱いするか、そう考えると笑いと涙が止まらないことは、自分にとって良いことだった。

 そうしてまた時が飛ぶ。気が付くと自分は、灰色の曇り空の下、見上げても頂上が見えないような高層ビルに囲まれた、都会の真ん中みたいな場所に立っていた。そこには安そうな白い椅子と、安っぽさを取り繕うみたいな、不自然に高級感のあるクロスをかけられたテーブルが山ほど並べられていて、即席の宴会場のようになっていた。たぶんあれからまた、一晩かそれ以上の時が過ぎたのだと思われる。

 どうやらそれは親族で集まる何かしらのイベントのようだった。遥か遠くに住んでいるはずの親戚一同が、全員そこに揃っていたからそう思った。しかしそれとは別に、この場面まで来ると自分は、もはや口を開かずとも笑ったり泣いたりしていて、足取りも酔っ払いみたいにふらふらしていた。酒は一滴も飲まずに、「親戚の集まりか……」などと考えながら見て回っているだけで、自分は泣きながら笑って、ふらふらおぼつかない足取りの異常者になってしまうわけだ。

 ビル群に囲まれる青空宴会場には、親戚が全員揃っていたので、父の妹もいた。なぜか彼女はドレスのような豪華で派手な服を着ていた。それに驚いて彼女の名前を疑問形で呼ぶと、

「なにその、「いたの?」みたいな。ずっとおったやん。自分が良い時だけ~」

 と言われた。自分が良い時だけというのは、「自分の都合が良い時だけこっちに構いやがって」という意味だ。それを瞬時に理解できた自分は、もしかすると時が飛んでいる間に、彼女に愛想のない態度でも取っていたのかもしれない。

 宴会場の端に、ビニールハウスみたいに濁った透明の素材で出来た小屋があった。しかしその素材はビニールそのものではなく、もっと固くて丈夫そうだった。それも合わさって、その小屋が目に入った瞬間、なんだあれ……? と興味を引かれることになる。

 小屋の中は薄暗く、そこには父方の祖父と、見知らぬ老いた男が数人、家の中の食卓みたいなテーブルを囲んで座っていた。年配の……という表現さえ当てはまらない、見知らぬ老人の中に祖父が混じって、宴会感の欠片もない日常そのものの品々を食べている。その光景はなんだか気味が悪く、それを見た自分はなぜか、「ここの人たちは宴会から隔離されている」ということを、すでに知っているようだった。

 そしてそれが自然だと何の疑いもなく思って、不満を抱くこともなく、自分はその小屋の中のメンバーに混じって席に着いた。不満はなくとも、こうなっては自分も終わりだな、と考えていたことだけは覚えている。

 何かに対する不満ばかりを言っているじいさんたちを、ゲラゲラ笑ったりボロボロ泣いたりしながら眺めていた。話の内容は単語一つ分も頭に入ってこなかったけれど、なぜかその状況をつまらないとは思わなかった。話の内容に笑って泣いてするのではなく、そんな話は全然関係なくて、ただ自分が何もしなくても笑って泣くようになったこと自体を、まわりの状況と一切関係なく面白がっていたように思う。ある意味、自分は小屋の中からさらに隔離されていた。

 ふと気が付くと、見知らぬ子どもが怯えたような顔をして、小屋の出入り口からこちらを見ていた。その行為はその子どもが叱られるに値することだと、なぜか自分はすでに知っていた。

 やがてじいさんたちも、誰か追い払え、出入り口に近いお前がやれ、と騒ぎ始める。出入り口に近かった自分は、薄く透けた素材の白いカーテンがかかっているのを見つけて、自分とその周囲の人の背中を巻き込んで、子どもから見えないように包んで隠した。

 見られなければいいだけなのだから、わざわざ席を立って出入り口を閉めに行く必要はない、これで怒られたらキレ返そうと思いながらやったことだ。その結果怒られることはなかったので、何事もなかったかのようにまた隔離小屋の中では、不満の言い合い合戦が再開されたのだった。

 自分は用意された品をほとんど食べることなく、むしろ笑って泣いてする勢いで少しぶちまけたような気さえするけれども、とにかく小屋の外へと出た。するとなぜか会場に、中学の同級生が来ていた。その人は女性で、自分と目が合った。

 かつての同級生は自分と同じように大人になっていて、それを見て自分は同窓会に出た経験を思い出した。するとなぜか、これは親戚の集まりだと思っていたのが間違いだったのか、周りから中学校時代の話題ばかりが聞こえてくる。

 仲が良いわけでも悪いわけでもなかった同じクラスの男子が実は当時、悪い意味で妙な家庭環境の中にいたらしいとか、聞きたくもない話題が周りから聞こえてくる。そして目の前には、これまた仲が良くも悪くもなかったかつての同級生、なおかつ女子がいる。

 彼女に話しかけられた自分は、相変わらずの笑いが「あははフは」と止まらず、まずい、どう取り繕う、と焦っていた。その時涙は出ていなかったように思う。

 焦れば焦るほど、視界はふらふらと揺れてどこを見ているのかわからなくなり、揺れる中にパッと白が見えて、それが曇り空の灰色か、テーブルクロスの白かわからなくなっていた。

 ついに涙も出てきた。大粒の涙がボロボロ落ちて、声は明らかな涙声になる。自分は「ははは」と笑い、よろけてテーブルに掴まったりしながら、これをどう説明しようかと、自分でもよく理屈のわからない本当のことを話すべきかと、迷っていた。

 しかし同時に、これは隔離小屋の中にいた時からそうだったけれど、なんだか訳もなく愉快な、おかしな気分にもなっていた。別に目の前の同級生女子に引かれても、別に気にならないかもしれないと思った。そのくらい何かが楽しかった。

 だとすると、自分の笑いは少なくともこの時、理屈のわからない勝手に湧いて出る物ではなかったのかもしれない。後々になって考えれば、なぜか「すでに知っていた」ということが多い夢の中、酒を飲んでいないという夢の中の認識さえ、時が飛んでいる以上信用できない。自分はハイになっていた。

 その女子が、

「もうそんなに酔ってるのw」

 と、おかしそうに笑って言った。自分は、いや~どうもねぇ、みたいな返事をした。酒を飲んだ覚えはやはり無いのだけれども、その場を丸く収めるために、ここぞとばかりに相手の話に乗っかったのだ。

 それで、すぐに逃げた。じゃあまた、みたいなことを言って彼女から離れた。笑ったり泣いたり、ふらふらして、転びそうになりながら。

 その時、ビルの外壁に埋め込まれた大型モニターから、「どんな時も~♪ どんな時も~♪」と槇原敬之の歌声が聞こえてきた。歌番組が映っているのだ、とモニターの方を見ずに思ったけれど、曲が聞こえてきたのはその部分だけで、以降が流れることはなかったので、CMだったのかもしれない。

 ぼくはすぐにスマホを取り出して、気持ちは昂りながら、なぜかこの時だけ笑いも涙もふらつきも消え去って、ツイッターを開いた。

 どんな時もどんな時も、僕が一番好きでいる人は君だけだから……なんて言える人はすごいなぁ、自分はその時一番都合がいい人を、その都度好きになってしまうよ。……というツイートをしようとして、歌詞の語呂がまるで合わないことに気が付き、自分が歌詞をど忘れしていることを知った。

 どう頑張っても正しい歌詞が思い出せず、ビルのモニターではずっと「どんな時も~♪」という部分だけがループしているような気がしたけれども、思えば自分は一度もモニターの方に目を向けなかった。本当にその歌に関する何かが映っていたのか、夢の中のことでは確認のしようがない。

 ループする曲に気が引かれるせいで、なおさら正しい歌詞は思い出せない。やがて思い出せないことにイラだちを覚え始めて、それがどんどん加速して、イライラして、イライラして……。

 顔が歪むくらい強く歯を食いしばったところで、目が覚めた。

 

 

 

 夢の感想……感情から切り離された笑いと涙を体験できる面白い夢だった。特に泣くことなんか滅多にないので、貴重な感覚だったように思う。