黒い雷を一目でわかるようにしろ

 ぼくは関東に住んでいるが、ネットで知り合った友達は福岡県に住んでいる。今年のバレンタイン、彼女からLINEギフトにてチョコが送られてきた。
 受け取れる店はローソンのみ。商品名はブラックサンダー。その商品のキャッチコピーは「一目で義理とわかるチョコ」である。ちなみに値段は三十円。
 日頃の移動経路に、なんとローソンは三軒も建っている。ぼくはすぐにそのうちの一軒へ向かった。そしてお菓子コーナーを舐めまわすように見回しブラックサンダーを探す。
 ……が、無い。何度見てもない。お安いチョコを探せば探すだけ、ぼくの視界にはスニッカーズが入ってくる。ブラックサンダーはない。
 諦めて帰ろうとした時、バレンタイン特設コーナーを見つけた。まさかとは思いつつ探すと、まぁさすがに置いていなかった。お前ら先週までこの世に存在していたか? というような見たこともないチョコたちが並んでいるだけだ。
 いや、そうか、レジ横に置いてあるのか! そう思い立ち見に行くも、しかしブラックサンダーはどこにもなかった。今度こそ諦めて次の店へ向かう。ぼくの知っているローソンは三軒もあるのだ。無敵だ。
 ……で、三軒ともどこにも置いてなかった。もしかしてだけど、ブラックサンダーはお菓子コーナーでもチョコ特設コーナーでもレジ横でもなく、どこか別の場所に置いてあるのか? そう思って店中見て回ったが、見当たらなかった。三軒全てだ。
 探すたび探すたび、探した分だけ何度も何度も、ぼくの視界にはスニッカーズが映り込んできた。一度も食べたことのないスニッカーズが、なんだか嫌いになってくる。坊主憎けりゃ袈裟まで……ってやつはこれか、と思った。
 しかしそれはそうと、ぼくは物を探すのが苦手だ。本屋に行って、この本はどこに置いてありますか? と店員に画像を見せれば、要約して「あんたの目の前だよ」と言われたことは一度や二度ではない。
 ぼくはブラックサンダーを無限に見落としているのかもしれない。一番いいのは店員に尋ねることだ。どこにあるのかもわからない新たなローソンを探して自転車で走り回るのは無謀が過ぎるし、三十円のチョコのために公共交通機関を使うなんて本末転倒だから。
 けれども、……けれども! ローソンは、コンビニは、今か今かと声をかける相手に飢えた店員の跋扈する、電化製品店や洋服屋ではない。膨大な在庫に対して検索機も置かれていない本屋でもない。暇そうな店員がうろうろしている余裕あり気な喫茶店でもない。
 そこで何か? ぼくは、こう聞くのか? この店に、ブラックサンダーはありますか、って。店員は「なんだこいつ……」と思うだろう。だがそれはこっちの台詞だ、なんだこの店は……! なんで一目で義理とわかるチョコが、一目でわかる場所に置いてないんだよ!!
 思えばぼくの目的は本来、LINEギフトを受け取った時点で終わっている。チョコを送ってもらったという事実が大事なのであって、チョコ本体は単なる市販のブラックサンダーでしかない。
 だから例えば、もしもバレンタインデーが生魚を送り合う風習の日であったとして、女の子からイワシ一匹受け取ったぼくが帰り道、野良猫にそのイワシを取られたとしても、それはそんなに悲しむようなことじゃない。
 だからLINEギフトのバーコードを使えないまま終わっても、それはそんなに悲しいことじゃないはず。ブラックサンダーは事の本質ではない。物品に囚われるな、形のない物の価値に気付け……!
 アンラッキーだったな、そう思って終わらせればいい話なのだ。……という結末に出来れば良いのだけれど、しかし、ぼくは金の亡者だった。行きつけのカードゲームショップになぜか駄菓子が売っていた学生時代、友達がみんな帰りに駄菓子を買う中、食べたい物があったって意地でも何も買わないのがぼくだった。
 店員に聞く勇気はない。自力で探し出す当てもない。おまけに「まぁいいや」と思える度量もない。けれど、チョコをもらえたことは純粋に嬉しいから、悪いのはローソンだ。ローソンだけだ。許せねぇ、スニッカーズばっか置きやがって。黒い雷に焼かれてしまえ!!
 ……と、そんなふうに怒り狂うぼくは、しかし福岡の友人の顔も知らないのだった。声なら知ってるぞ。