ザ・ハンドは削らない&四番知らずのセックス・ピストルズ

 今回の作文は、「ジョジョの奇妙な冒険」のネタバレを含みます。









 ジョジョの奇妙な冒険という漫画には、スタンドと呼ばれる異能力が多数登場する。その中でも「ザ・ハンド」は、右手で触れた物を削り取るという能力を持っている。
 ザハンドに削り取られた物は消える、どこへ消えたのかは誰にもわからない。言わば即死系の能力であり、単純な威力だけで言えば恐ろしい能力だと言えるだろう。
 ただ、ザハンドには何だかややこしい使い方がある。それは「瞬間移動」だ。例えばだけれど、ザハンドの右手で看板の一部を削り取ったとする。元々の看板が、
「立入禁止」
 だったところを、能力で「入」の部分を削り取り、
「立 禁止」
 にした。が、ザハンドの能力はこれだけでは終わらない。なぜかこの後、看板は、
「立禁止」
 になるのだ。削り取られて消えた部分を埋め合わせるかのように、看板がくっ付いたのである。
 これの応用で、何もない空間をザハンドで削り取ると、その空間が「閉じる」ことによって、瞬間移動が成立する。図にすると、
「人間   人間」
 この状態で左の人間が、真ん中の空白部分をザハンドで削り取ると、
「人間 人間  」
 となる。逆にさっきと同じ状況で、右側の人間がザハンドを使うと、
「  人間 人間」
 となる。百歩譲って「削り取った部分が閉じる」は分かるにしても、決まって能力を使用した側に、使用された側が引き寄せられるのはなぜなのだろう。
 ……と思いきや、実は別の場面では真逆のことが起こっていたりもする。ザハンドの使用者側が、相手に吸い寄せられる形での瞬間移動だ。これはどうにもおかしな感じがする。ザハンドの瞬間移動は劇中の説明通りなら、あくまでも「削り取る能力」の副次的効果であるはず。しかし実際は、任意で瞬間移動をコントロールしているように見える。
 このザハンドは初登場、敵側の能力だった。主人公がザハンドにどうやって勝ったのかというと、決着はザハンド側の自滅となっている。無闇に削り取る能力を使いすぎて、近くにあった鉢植えが閉じる空間の作用で引き寄せられ、勢いよく顔面にヒットしてしまったのである。
 鉢植えを引き寄せてしまった際の状況は、相手との距離を詰めるために繰り返し空間を削っていた……という物だった。その目的であれば、自分が相手に近寄る側の瞬間移動でもよかったわけだが、使用者は自他共に認める「頭が良くない人」なので、そのあたりは適当にやってミスったのだと思われる。
 さて、ぼくは一つ疑問に思っている。というのも、ザ・ハンドは、本当に空間を削っているのだろうか……?
 向かいに立った人間を引き寄せるために空間を削ると、その人間のさらに向こう側に置いてあった鉢植えまで引き寄せてしまった。……このことから考えて、ザハンドの空間削りによる副次効果、空間閉じワープは、能力使用者の意図しない範囲にまで効果が作用していることになる。
 なぜ、人間以外に引き寄せられたのは、鉢植えだけだったのだろう? 鉢植えがあったということは、それを置いていた台とか、家屋なども近くに存在していたはず。なぜ鉢植えだけ?
 そもそも本当に空間を削っていたとして、その空間が閉じたら、空間の総量はどうなるのだろうか。まさか減っているのか? 看板の例に例えると、
「立入禁止」→「立 禁止」→「立禁止」
 となっているので、鉢植えの例から考えると、実際には「立」より左にある物体や、「止」より右にある物体が、一緒に引き寄せられてきてもおかしくないはずなのである。
 が、そのような描写はなかった。というか普通に考えて、ザハンドの能力が使われるたびに同じ軸上にある全ての物が拳一つ分引き寄せられていたら、世界はめちゃくちゃになってしまう。
 例えば建物なんか、だるま落としのように一部分だけが引き抜かれてしまうことになる(あるいは引き抜かれる力がかかることで、破損や倒壊が起こる)。劇中でいくら空間削りを乱発しても、さすがにそんなことにはなっていなかった。
 閉じる空間の影響は、どこまで及ぶのだろうか。その説明は劇中になかった。しかし少なくともザハンドは、世界中の軸をだるま落とし風にずらすような能力ではない。削られた空間は消えたと言うけれど、何も能力を使うたびに宇宙が少し狭くなっていくとか、そんな大規模な話にはなっていないはずなのだ。
 ではなぜ、ザハンドの能力はそういう規模にならないのか。その答えは、「ザ・ハンドが「削り取る能力」ではないから」……なのではないか。だって本当に空間を削っていたとしたら、言った通り宇宙が少しずつ縮んでいくはずだ。(宇宙は常に膨張しているとか、そういうのは今回考えないことにする)
 そもそも、ただ「閉じる空間」の作用で瞬間移動しているだけのはずなのに、自分と相手のどちらが引き寄せられるか選べるというのは、やはりおかしい。そしてオマケに、能力者本人は頭が良くない。
 つまりザハンドの能力の劇中説明は、本人が自身の能力を正確に理解しておらず、大体のニュアンスを「削り取る能力」と呼んでいるだけなのではないだろうか。
 ザハンドの右手に触れた物は確かに消える。看板の文字を消すと、確かに埋め合わせるようにくっ付く。何もない場所で右手を振り抜けば、瞬間移動が出来るのも事実だ。けれどそれは「空間を削り取っているから」ではないはずだ。描写から考えるに、ザハンドはそういう能力じゃない。
 ザ・ハンドとは単純に、「右手を振り抜くこと」をトリガーとして発動する、様々な効果を複合した複雑な能力なのではないか。それを、細かいことを考えるのが苦手な能力者が、ざっくりと「削り取る能力」と呼んでいるのではないか。
 ザ・ハンドの本当の全容を理解した時、能力の新たな使い道が見つかるかもしれない。ぼくはそんなふうに考えている。




 グイード・ミスタという男が、セックス・ピストルズというスタンド……つまり異能力を持っている。
 セックス・ピストルズは「No.1」から「No.7」の、計6人(6「体」と数えるとピストルズが怒る)のチームで構成される、銃弾の妖精のような存在だ。
 スタンドとしては珍しく、スタンド自体に自我があったりする。主な能力は、実際の銃から放たれた銃弾をピストルズが蹴ることにより、その軌道を変化させること。
 ……そう、ナンバー7までいるのに、計6人だ。なぜかというと、ピストルズの中に「No.4」は存在しないためである。
 能力者であるミスタは、4という数字を毛嫌いしている。いや、もはや病的に恐れている。
「4っていうのは不吉な数字だ。4に関わると必ず悪いことが起こる。昔知り合いが4匹の子猫を引き取ったが、そのうちの1匹に目を引っかかれて失明して……」
 などと語り、とにかく「4」に関わろうとしない。運ばれてきた料理が4皿あった場合、まず他人に取らせることで3皿にしてから自分が取るなど、徹底している。
 スタンドとはそもそも精神エネルギーの具現化である。なので4嫌いのミスタが持つスタンドに、ナンバー4がいないことはある種当然のことなのだ。
 ところでミスタは劇中で一度(正確には一度どころではないが)死にかけるのだが、その際よくわからない具合に復帰している。
 敵の策にハマってしまい、彼はスタンドのパワーをほとんど失った状態で、頭に3発も銃撃を受けてしまった。そこで死亡したかと思われたが、6人いるうちのピストルズが1人だけパワーを残しており、いつもは6人1チームで動くところを、たった1人だけで3発も銃弾の威力を相殺していたため、なんとか一命を取りとめる。
 で、その後、ミスタは何事もなかったかのように元気になっていた。頭に包帯を巻くとか、そういうのは何一つなしでピンピンしていた。
 ちょうどそのエピソードのあとで、彼の仲間である主人公が回復能力に目覚めるのだけれど、だからなおさら「致命傷ではないにしても脳天に鉛玉ぶちこまれたミスタが、なんで無傷でピンピンしてるんだ……?」と視聴者は不思議に思ったものである。回復能力のくだりがなければ、バトル漫画ってそういう物だし……と思うことも出来たのだけれど。
 そこでそのことについて、多くの視聴者が「4発撃たれてたら死んでた」「4発じゃなかったからセーフだった」「やっぱ4って怖いわ」と、半ば冗談としてコメントすることが、もはやお決まりのネタとなっている。
 実際4発撃たれていたら、ピストルズ1人だけでは対処しきれずに死んでいたかもしれない。が、それは死ななかった理由だ。なぜか傷が一瞬で完治していた問題とは別だ。もちろんみんな冗談で言っているから、だったらなんだという話なのだろうけど。
 しかし、ぼくは思う。スタンドとは異能力だ。その異能力に、ナンバー4だけがいない。それと重症が瞬時に完治したことが、無関係だとは思えない。ピストルズの能力とは、自我を持ったスタンドであることと銃弾をコントロールすること以外に、まだ何か隠された物があるのではないか。
 結局、何度も死にそうな目に遭いながらも、ミスタは最終回まで生き残る。なんなら既存キャラが何人か死んでしまった、後日談スピンオフでも生き残る。かなり初期から登場していることを考えれば、生き残る力は主人公並みだ。
 ピストルズには隠された能力があるのではないか。そしてその能力とは、4を避け続ける限り、死の運命を変える能力なのではないか。それを無意識に理解しているから、ミスタは4を徹底的に避けるのではないか。
 順序が逆である可能性があるという話だ。まずミスタがひょんなことから4を嫌うようになり、それからスタンド能力に目覚める、その結果スタンドにナンバー4だけが存在しなくなる……というのではなく、逆である可能性。
 彼のスタンドは元々「4を避ければ死なない能力」であり、その能力自体は銃弾を操る能力よりも先に発現していた。それを無意識下で察知していた彼は4を徹底的に避けて、そのあとで銃弾を操る能力に目覚めた。そういうことなのではないだろうか。
 ミスタの過去エピソードにも「銃を持った大勢の相手に一人で立ち向かったが、なぜか相手の弾は一発も彼に当たらず、彼の放った弾は全て相手に致命傷を与えた」というものがある。直接言及はされないが、その時点でピストルズの能力に目覚めているのは明らかだろう。
 が、その「ピストルズの能力」とは、「銃弾を操る能力」ではなかったのではないか。発現していたのは死なない能力の方だろう。だから彼に弾は当たらなかった。そして彼の放った弾が敵に全弾命中したことは、それは単純に彼自身の射撃の腕前だった。……ということなのではないかとぼくは思っている。
 実際ミスタは劇中でも、ピストルズ抜きで曲芸のような射撃を見せている。発現していたのは死なない能力だけと考えてもおかしなことはないように思う。そしてむしろ逆に、彼に死なない能力がなかったのなら、やっぱり頭の傷が一瞬で治っているのはおかしいじゃないか。
 間違いない、ぼくはピストルズにそんな、隠された最強の能力があると信じている。だって「時を消し飛ばす」という最強能力を持ったラスボスを倒す方法が、主人公が「全てをなかったことにする」というもっと最強な能力に目覚めて倒すという物だったのだ。そのラスボスにミスタのピストルズは、銃弾を曲げるだけの雑魚能力だと罵られている。
 機転とセンスだけでは覆しきれない能力バトルの中で、ピストルズが本当にただの雑魚能力だったら、ミスタは生き残れなかったはずだ。だからあるのだ、必ず、死の運命をねじ曲げる能力が。死にかけたはずの彼がすぐ回復したことに、仲間が何の違和感も持たなかったことさえ、ピストルズの能力の内なんじゃないだろうか……?
 ……ジョジョのバトルは、全体的にかなりノリ次第な部分が大きい。ある人の言った「ジョジョの戦いは、GMを納得させたPLの勝ち」というTRPGへの例えが、ものすごく的確であるように思う。
 父がエニグマというスタンド能力について、
「恐怖した人間を紙の中に閉じ込める能力で、なんでラーメンとかコピー機とかを同じように閉じ込められるんだ。わけがわからん、設定がおかしい」
 と言っていたことがあった。ぼくはそれを聞いて、
「それは、基本は物を紙に閉じ込める能力なんでしょ。それを人間相手に使おうとすると、恐怖っていう面倒な条件が加えられるってだけで」
 と考えて、一人で納得していた。
 ジョジョTRPGに似ている。そして我々視聴者はGMであると同時にPLでもあるのだ。自分で自分を納得させなければならない。そしてそれもまた、ジョジョの楽しみ方の一つなのだと思う。
 たとえ作者に聞いたら「いや、そこまで考えてないけど」と、言われてしまったとしてもだ。受け手の数だけジョジョがある。公式の見解は正史にしか過ぎず、各々の想像は別世界、スピンオフだ。
 つまりは、これもまた二次創作なのである。ぼくは小説を書く時、いつも一次創作しかしない(というか基本的に二次創作が出来ない)けれど、今日ここでしたような話のことを思えば、二次創作を楽しむ創作者たちの気持ちもわかる気がしてくる。
 というわけでオチはないけれど、別に必要ないだろう、今回に限っては。