夢日記、見世物みたいな話。

 歯医者だったのか、クリーニング出しだったのか。何かしらの予定を終えて、自分は最寄り駅のすぐ近くにいた。空は淡い色の夕暮れ。家に帰ろうかという時、自転車に跨りながら、ふとスマホを取り出して、予定リストを見た。すると、まだ一行だけ予定が残っていた。

 今まさに終えた予定とは別に、自分にはもう一つだけ、近いうちにやらなければならないことがあるようだった。見ると、「〇〇(隣駅の名前)の病院」とだけ書かれている。自分はその予定を忘れていたのでこれは全くの偶然だったけれども、しかしせっかく駅まで来たのだから、残る一つの予定も今日済ませてしまおうという考えが浮かび、自分は自転車を置いて迷いなくそれを実行に移した。

 迷いなく実行したのは、歯医者にせよクリーニングにせよ、必要な金を親に渡されていて、その金の余った分で、もう一つの予定「病院」も済ませられると思ったからだろう。後々改めて考えてみると、自分のタイミングで行った時にハイハイと対応してくれる病院なんかあるはずないのに、そこが夢らしいところだった。

 改札を抜けるところまでは普通だった。しかしホームにまで行くと、明らかにおかしい。ホームの数が多すぎる。自分にとっての最寄り駅はそんなに大きな駅ではないはずだったけれど、そのホームと線路の多さは、むしろ目的地である隣駅の様子に似ていた。

 そして最悪なことに、自分が「よし、この機会にやってしまおう」と意気込んだ時に限って、電車は止まっていた。改札を抜けた以上引き返すという手も無く、「線路内でトラブルが発生したため……」などのアナウンスを聞きながら、車両のドアが来る予定の地点に立って、ひたすらに待つ浪費の時間。立ちながら、この経験はいつか自分に、「今やってしまおう」というような、アクティブな判断を躊躇わせる負の経験になってしまうんじゃないか、などと考えていた。

 十分程度か、それよりも長くか。少なくとも三十分には間違いなく達していない間を待つと、自分が立っているホームの崖の下、線路内から駅員がこちら側に上がってきた。彼は、灰と黒の縞々模様をした猫を抱えていた。

 なるほど、線路内のトラブルとは猫が侵入していたことだったのか、と納得したのは、後々考えると夢ならではのことだった。猫を抱えた駅員に、改札の方から別の駅員がすぐに駆けつけてくる。線路内から現れた駅員は、抱える猫を駆け付けた彼に渡して、

「殺処分で」

 と言った。

 ギョッと目を見開くようなショックというか、ギュッと心臓を捕まれるような背筋の凍えというか。そんな物を感じた瞬間には、電車がやってきていた。猫のことはいったん忘れて、自分はその車両に乗り込む。

 隣駅に行くだけのはずなのに、電車に乗っている時間は、三駅分くらいあったように思う。通るはずもない地下の路線を通っていたような気もする。けれども最終的には、難なく目的地に到着した。改札を抜けて外へ出ると、自転車置き場が絶望的なほどみっちり埋まっていたのを見た。

 その自転車置き場に沿うように歩いていくと、景色がいつの間にか、母校の中学校の近辺のようになっていた。そんな景色が隣駅にあるわけがない、「迷子だ」とすぐに理解した。当然、病院の場所を調べるべくスマホを取り出す。

 しかし、そこまで来てようやく自分は、「あれ、そもそも病院ってなんだ?」という部分に気が回ったのだった。親知らずを抜くために離れた場所にある大きな病院へ行く予定はあったが、それは再来月のこと。それ以外に病院へ対する心当たりはない。

 予定リストに書かれていた病院名を検索してみる。すると出てきた画像には、異様に豪華な建物があった。それなりの階層がある巨大な病院の、その中心部分全てを吹き抜けにした大きな中庭があって、まるで植物園みたいな、多様な緑に溢れたその庭を存分に楽しめるように、建物の内側を向いた壁は全面ガラス張りだった。

 なんだこれは、こんな場所に心当たりなんかあるはずがない。一度行って忘れる場所とは思えない。この病院は何の病院だ。そう思ってさらに調べていくと、答えはすぐに見つかった。

 堂々としたフォントで書かれた病院の名前と、その下にある、口コミ評価を表す横並びの星形との間に、小さな文字で「精神科」と書かれていた。

 馬鹿馬鹿しい。自分は予定リストからその病院を消してからスマホをしまいこみ、夕暮れ空がずいぶん濃い色になったことを感じながら、相変わらず少しの隙間もない自転車置き場を横目に歩き、あるはずのない高架下を潜りつつ、駅にたどり着いた自分は電車に乗って家に帰った。電車に揺られながら「ちょっとまずそうだな」と予感した通り、家に着くと、帰りが遅いことを母に叱られた。

 

 

 

 夢の感想……自分がダメ人間に見えるのは心の病のせいだと言い張って病院へ行き、健常者だと診断されて肩を落としながら帰ってくる人間みたいな夢だった。戒めとしていきましょう。