創作の設定。死後の世界と神。

 これは設定の話です。作文ではありません。

 

 

・思念体

……意識のみの存在。通常死んだ肉体からはじき出される存在であり、特殊な例を除いて思念体が死んだ肉体に戻ることは出来ない。基本的に不可視かつ何にも触れられない存在で、いわゆる幽霊はコレのこと。

 また死ぬ瞬間に大きな意思(未練など)を持っていなかった思念体は、基本的に意識を持たない。

 

・重力

……思念体にも重力が適用される。ただし生きた生物への重力が星に引き付けるように下へ下へと働くのとは逆に、思念体への重力は上へと作用する。また生物への重力はその物の質量が大きいほど強力に働くが、思念体への重力はその者の意思が弱いほど強力に働く。

 重力により上へと引き寄せられる思念体はやがて宇宙に到達し、そのままある一点へと向かう。その向かう先はブラックホールである。ただし思念体の意思が強ければ強いほど重力は無に近づくので、強い未練などを持った思念体は地球上にとどまり続けることが多々ある。

 

・あの世

……ブラックホールから通じる世界。ブラックホールが思念体以外の全ての物を分子レベルで分解し追放するので、あの世へ立ち入ることが出来るのは思念体のみである。また例外なく、あの世へ立ち入った思念体は強制的に意識を取り戻すことになる。

 かつては天国と地獄という概念があったあの世だが、そもそも全ての生物を初めに生み出したのは一部の神そのものであり、また生み出した理由も「自動で続きが描かれるドラマの冒頭を書いてみた」という非常に身勝手な物であったため、別の一部の神から批判があった。その結果、死刑制度が批判によって消えるような形で「神が人間その他を裁く」物である「天国と地獄」という概念も現在は消え去っている。

 現在のあの世は「その者が生きていた頃にいた世界と同じ世界」を提供する場になっている。ただし本人以外の全ては神によってプログラムされたクローンとなっており、本人が望まない存在は再現されないことが決まっている。また少々面倒な手続きを踏めば、互いの了承が成立している場合に限りクローンではない「本人」同士が対面したり共に暮らすことも可能となっている。

 神のエネルギーがいくら膨大とはいえ無限ではない(特に各々の思念体に「世界」を提供していることで消費が激しい)ので、思念体は原則リサイクルされて次の生物として人間界に放たれる。これがいわゆる輪廻転生である。輪廻転生の周期は100年単位であり、初めてあの世に立ち入ってから少なくとも100年は

 

※今のところ、この設定が適用されているのは無知の魔女ウィズが登場する世界観のみ。ただ、別に全ての世界に適用しても特に問題はない設定ではある。

 

 

各世界観における神

・無知の魔女ウィズがいる世界観の神

……あらゆる存在、概念を生み出した人間界(便宜上、ブラックホールの向こう側の世界をそう呼ぶ)の創造者たち。創造者たちは性別を持っていたりいなかったりする、個々で違った思想を持つ集団。その総称が「神」となる。

 人間にとっては遥か昔のある時から「既存のどの生物とも一線を画する生物を作ろう」という企画が始まっていて、魔女はその企画の結果生み出されている。魔女はなぜ人型が多いのか、なぜ女性なのか、という点に対する答えは「その方がより多くの同族にウケる」から。神にとっての創造は人間にとっての創作と似ている。

 しかし魔女は生殖機能を持たない個体も多く、時代が進むごとに、

「神の意志によってのみ生み出される存在は世界に対する過干渉ではないか。他の生物と同じように、初めの個体を作った以降はただ見守るべきだ」

 という批判をする神も現れ始める。そのほとんどは女性の神であったが、その思想はそもそも、

「どの生物とも一線を画する生物を作ろう」

 という企画の根幹を否定するものであり、他の生物と同じように魔女を扱っては本末転倒でつまらなくなるので、魔女肯定派と否定派の議論は平行線を辿るのみとなっている。

 結果としてはじわじわと肯定派が自粛していく流れとなっており、人間たちが平成と呼ぶ時代が終わりつつある今、魔女を生み出して人間界に放り込んでいる神は極少数となっており、その神たちも同族からは異端扱いされている。

 新しい個体が神の手によって直接生み出されることはそのうちなくなるはずなので、もしかすると魔女は遠い将来滅びるのかもしれない。

 

・死神JKデイズちゃんがいる世界観の神

……神の定義はウィズの時と同じ。

 人間たちにとってもそう遠くはない過去に、デザイアという人の欲望から生まれる化け物が突如出現したが、それは多くの神が想定していた事態ではなかった。当初はバグのような存在かと思われていたそれも、やがて一部の神が作った存在だったことが判明する。

 個人の勝手な判断で新たな存在を人間界に放り込んだ罪は重くデザイアの作り手たちは罰せられた。が、デザイア自体は意外と好評になり、やがてそれを退治することを神が直接行うのではなく、すでに存在している生物に任せてみないかという意見も出るほどになった。

 人間たちが平成と呼ぶ時代、ついに神たちの作る「魔法少女」という概念が生まれることになる。それは生に未練を持ったまま死んでいった少女に第二の命を与える代償として、強力な力を渡してデザイア狩りに挑んでもらうという「企画」だった。

 魔法少女の生き様は一部の神に大きな反響を呼び、やがて神は人間の欲望から生まれるのを待たずに自らデザイアを生み出し人間界へ放り込むようになり、それに連動して魔法少女の数も増やした。

 が、時代が進み一部に今までと違った意識の神が生まれたこと、そしてデザイアを神が新たに生み出すという「過干渉」が重なって、魔法少女という概念はある時から猛烈な批判を受けることになる。

 特に「死後の世界。あの世がどういう物か」について少女たちに詳しく説明していなかったことがバッシングを受け、結果的に「魔法少女」という「企画」は中止されることとなった。

 

・異能力「N」が存在する世界観の神

……神の定義はウィズの時と同じ。

 人間のマンネリ化を防ぐため、異能力を持った人間が生み出された世界観。一部の人間にNと呼称する異能力を与えることで人間界は今までにない動きを見せ、多くの神たちを楽しませた。好評のその流れでやがて異能力Nを持つ人間は増やされていき、最終的には全ての人間がNを持つようになった。

 ただしそれが上手くいっていたのは人間の一世代だけ。突如追加した要素であるNは人間の繁殖機能に対応しておらず、Nを持った人間の子どもにNを持たせるには、神が自ら手を加えるしかなかった。通常子どものスペックは遺伝子によって自動で決まるため、これに神が逐一手を加えなければならない事態は異例であった。

 一時は過干渉としてNそのものを概念ごと抹消する意見もあったが、すでにNありきで作成されてしまった世界に神が勝手な意思でNを持たない人間を生み出してしまうのは、それこそ過干渉だとしてその意見は非採用となっている。

 結果的に致し方なく神はNを人間に与え続けているが、これは地味に面倒でなおかつエネルギーを消費することであり、安易にテコ入れをしてはいけないという教訓を神たちに与えることとなった。

 

※代表的な三つの世界観において神の価値観はおよそ一貫性があるので、全ての世界を繋げることも可能かと思われる。時代設定的に「魔女」の件が始めだとして、既存の物とは違う存在を生み出そうとしてバッシングを受けた魔女の反省点を生かして、既存の存在に規格外の力を与える「魔法少女」企画が始まったでもいいし、同じ理由で「N」が生まれたでもいい。

 順番的には魔女から魔法少女に移り、人間に直接向かい合って人間を弄んだことが過干渉として批判された魔法少女の反省を活かして、今度は「有無を言わせず「そういう世界」にした」Nが生み出されたとすることができる。が、ということはNの世界観は魔法少女よりも後の時代ということになる。

 しかしそうすると、すでに三作品とも平成中ごろから末期の話として書いてしまっている点が問題になってくる。魔女は途中から半ば神に放置されている存在の話なのでいいとして、魔法少女とNが時代的に重なることは絶対にあり得ない。

 全ての世界観を繋げようとすると、今から書くならNを未来モノとして書くしかない。または実際に現実で平成の次の時代が進むのを待って、その時になってNを「現代モノ」として書いてもいい。未来設定なんて洒落たことは出来る気がしないので、身の回りに時代のモデルが勝手に形成されるのを待つことになりそうな気がする。

 全てを別々の世界観だと割り切って今からでも書けるようにするか、せっかく繋げられそうなので繋げて将来の自分に丸投げするか。どっちにしろ設定を作るばかりで、創作のモチベが作品を作るところにまで達することがあるのかも怪しいので、真剣に考えるほどの問題ではないのかもしれない。

 そもそもこの後第四の世界観を作る時が来てしまったら、その時はどうするというのだろう。第三までが偶然繋がったのに万が一第四が偶然では繋がらず、それを無理やり繋げられるように作ろうとするのは苦しいから嫌だ。かといって第四が繋がらなかった場合、別に繋げなくてもよかった第三までをわざわざ未来に丸投げしてまで繋げた意味って……となってしまう。

 そういうことを考えていると全然楽しくなくなってくるので、きっと、おそらく、たぶん、何も考えずに行き当たりばったりで行くのが一番なのだと思う。趣味なんだから。とりあえず今ある設定はコレ、あとのことは知らない。たとえあとで矛盾が生まれようとも。知~らない。